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#好きな仕草 (神々しいほど美しいひとにあなたはどうしますか?わたしは...)

台風の影響により、自宅で過ごされた方が多かったと思います。私もそのうちの1人。少し時間が出来たので、ぺパグリさんの企画「好きな仕草」に飛び入りで参加させていただきました。私のささやかな物語です。ペパグリさん、きっかけをありがとうございます!


好きな仕草

この物語は、何パーセントかは事実であるけれど、それが何パーセントなのかは、言えない。台風の日は、胸がざわつく。いつもより余計に、昔のことを思い出してしまう。

私がまだ独身で、外で働いていた頃のこと。あの髪の長い彼女が好きだった。とても細やかで美しい、真珠のような彼女。

世間では一応私も「繊細」な部類に入るらしいが、彼女と比べると随分粗いことが分かる。彼女こそが、Highly sensitive person だった。

時折、パウダールームで彼女と横に並ぶことがあった。女性の多い職場だから、鏡の前は混んでいて距離が近くなってどきどきする。

彼女がポーチを開けると、そこにはラグジュアリーなブランドの赤いリップスティック(口紅)のみがキラリと入っていた。そう、彼女の化粧直しは口紅だけだった。小さなバッグの時は、ポーチ無しで直にリップスティックが入れてある。

陶器のようにきめ細かな肌。腰まである滑らかな黒い髪。彼女はもうそのままで奇跡的に美しかった。

鏡越しに彼女を見つめた後、恐る恐る自分と見比べる。私はまるで穢れたがらくたのようで現実がほんとうに嫌になる。


二度ほど彼女とデートしたことがある。ばれてしまいそうだから場所は明かせないが、香りのよいところだった。

少しベンチで休憩していたとき、彼女は近くに停めてあったベビーカーの赤ちゃんと目が合った。彼女は手を振り満面の笑みを向ける・・・それは神々しいほどの美しさ。これを母性と言うのだろう。

私には、そのようにあなたを笑顔にする力もなければ、あなたのように微笑むこともできない。それでも、好きな人が無垢な命に向けた何気ない仕草を見て私の魂は打ち震える。誰にとって得なのだろう?連綿と受け継がれる命にとって、だろうか。

休日になると、私は異性の恋人の前で、あの子の使っていた色の口紅と仕草たちを惜しみなく使った。彼はあの子を知らないから。

動作をするときは、一度にひとつ。両手を使い、きちんと完結させる。喜びや感動や感謝は、照れくさくても目を見て伝える。それだけでも所作は幾分女性らしさを増した。

そうそう、髪の手入れはぬかりなくね。彼女になりきって過ごす時間は楽しい。世界が急に私に優しくなったように感じてくすぐったい。

そして最も不安が無くなり心が自由になれるのは、彼に抱かれているとき。灯りを消すと、私はあの子になれるどころか、自分自身が素晴らしいものであるように感じることが出来た。・・・私はこれが欲しかったのではないか?

ある時期から、彼は私の胸を銃で撃つ仕草をし始めた。子供がするようにして。遊びの仕草であっても、そうされるのは少し怖かった。

「あの銃、本当は私を痛めつけたいんだ」

「いやいや、心を射抜きたいんだ。幸せ者ね私」

思考は交互に巡る。―次第に彼女のことより、彼のことを多く考えるようになる。


久しぶりに、パウダールームで彼女と並んだ。ポーチには、リップだけでなく刺繍の施されたハンカチが無造作に入れられていた。鏡の前で、いつもと違う伏目がちな彼女のようすに気付く。

気付かないふりで正解だったのか、それとも。言葉を交わさず、甘い香りを残し去ってゆく彼女。変わらず美しく揺れる髪を見ていると、これでよかったんだとも思えた。

若い頃というのは、愛の伝え方が不器用で、今でも胸が痛むことがある。月日は経ち、もはやどの仕草が彼女のものかすっかり分からなくなった。私はいつの間にか、自分のことがそんなに嫌いではなくなっていた。


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