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月記(2024.03)

3月のはなし。

〔写真:Panasonic LUMIX DC-G9 & LEICA DG VARIO-ELMARIT 12-60mm / F2.8-4.0 ASPH.〕




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爆弾解除ゲームの配信を見てゲラゲラ笑っていたら、急にコンテストがやってきた。

先月、VX-βのライセンスを手に入れたということを書いた。期間限定の個人的な遊び道具というつもりだったが、どうやらもうすこし派手に遊んでもよさそうだ。




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西永福JAMにて『Return to UTERO』へ。
公演途中に開くライブハウスの扉の感触、クセになりつつある。

くゆるのライブはまさに、ライブハウスという閉鎖空間に訪れてまで体験するべき音楽だった。鼓膜だけの振動じゃもったいない。スピーカーが震え、空気が震え、自分の身体が震え、ハコが震え、すべてが音楽によって共振している感覚。限られた空間かもしれないが、そこが音楽でひとつになろうとしている、その力を心身に刻み込んでくる圧巻のライブだった。

Cwondoのライブは、まるで料理ショーのようだった。食材は、あらかじめ用意したトラックと、その場で自信が発する声だ。これらをリアルタイムでサンプリングして加工し、曲の一部に組み込む。ほれぼれする手さばきで次々と調理をすすめ、華やかな料理を作り上げていく。そしてこの料理人の恐ろしいところは、その場で自ら食材を生み出せることだ。活きのいいサウンドを生産し、その場で即調理、新鮮でフレッシュなミュージックとして提供していく。提供されたミュージックに舌鼓を打つ客のバイブスは料理人・Cwondoにその場で伝わり、それが新たな食材を生み出していく。きっとこのショーは永久機関だ。

バンド編成でのUTERO。今後しばらくバンド編成でのライブは行わないらしく、Cwondoさんとのコラボがあったことも含めて、貴重なステージだった。「良いバンド」と感じるのは、個のキャラクターが立ちあがったうえで、このバンド編成で培われたものは、間違いなくUTEROというプロェクトに還元されていく。




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selfish清水玲衣生誕ライブ。

青春のイントロが流れた。

selfishが今の4人体制となったことも一種の偶然ではあるが、ステージに並んだ4人のバランス感は、いつかのヤなことそっとミュートのそれと似ていた。好きなグループのことだから、それも想定していただろう。信頼できるメンバーだから、これを頼めたのだと思う。メンバーもオーディエンスもそれに応えたから、あの空間が成立したのだと思う。

そういえば青春って「青い」ですよね。




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神田に向かう電車に揺られていると、大浦るかこさんの退職獅子王クリスさんの卒業の報せが目に入った。これが春だ。暑いとか寒いとかではない、感触として出現する春だ。

神田・THE SHOJIMARUにて『のんびり座る夜 第四夜』。
公演途中に開くライブハウスの扉の感触、やはりクセである。

『スライド』を聴いていたら、自分でも驚くぐらいの涙があふれてきた。これまでもこれからも、僕は老いていく。顔も知らない・ちゃん達の歌を聴きながら、ひとり特急に乗ってネモフィラ畑を目指した春からも。老いた。それがここまで続いてきていることの証明だ。老いながら生きている自分が、その証明だ。自分にしか見えない証明。

名曲は歌い継がれる。名曲は奏で継がれる。名曲は語り継がれる。


何度語り継いでもわかんないことも、ある。

なにこのMV。




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メッセージを書こうとして、悩んで、下書きを書いては消して、諦めた。このメッセージを完成させる力がないのだと確信した。文章力とか言語化能力とかではない。その前段でつまづいていることがわかった。これを解消するには時間も力も足りない。もう僕は間に合わない。潔く、できることに力を注ぐしかない。

パソコンに向かって、ひたすら音を作るしかない。




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月初にアナウンスされたコンテストの結果が発表された。

お題楽曲部門・花奏かのん賞を受賞した。

か細かろうがどうだろうが、音楽を続けていてよかった。






●今月あたらしく知った音楽




●今月なつかしんだ音楽