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城の崎にて

金曜日の定時後に思いがけない出張を打診され精神に深傷を負った、その後養生に、後輩と二人で但馬の城崎温泉へ出かけた。この出張、一歩間違えれば再起不能の致命傷になりかねないが、無理に行かなくてもいいけれど勉強にはなるはずだと上司に言われた。月曜日に答えを聞くから週末に考えておくように言われて、旅行は予定通りに来た。この後輩とはとりあえず遊びの約束を取り付けては流れてを繰り返し、ようやく城崎行きを実現した。

 頭は未だ仕事の話が離れない。一分一秒でも長く仕事のことは忘れていたいねと言い合いながら、バスに揺られて城崎へと来た。城崎の街には未だ雪がかなり残っていた。中心街の橋には頻繁に、雪達磨が大小積まれている。少し溶け始めていたせいか不格好で気味が悪い。



 宿には温泉街から少し離れた鴻の湯の方へと向かいそれを通り過ぎ、城崎中学校を横目にして漸くたどり着く。それは中庭の素敵な居心地の良い宿だった。サービスを生業にする我々は、宿の人たちの至れり尽くせりの心温まるおもてなしに、涙が出そうになる。いらっしゃいませ、お帰りなさいと迎えてもらえる有り難さ、泥で汚れた靴をさりげなく拭いてくれている有り難さ。


 一分一秒でも仕事を忘れたい。とはいえ職場の仲間なので、ふと仕事のことが思い浮かぶ。嫌な思いも、少し忘れておきたいことも、まるで体の垢を落とすように、外湯で洗い流す。宿に荷物を置いて、この大寒波の中浴衣はさすがに寒いかしらんと私服のままで、まずは柳湯へ向かう。脱衣所にて、最強防寒のダウンはすこぶる邪魔である。セーターも、何もかも、鬱陶しい。温泉街を浴衣で散策するのは歴とした実用の元の結果なのだと気がつく。どうやらあれは写真のためだけの痩せ我慢ではないらしい。食後は必ず浴衣で来ようと後輩と誓いを立てる。やっとのことで浴室に入ると、天井の高い木造建の造り、まるでジブリの世界感である。千と千尋の油屋か、あるいはもののけ姫のタタラ場である。湯船は檜でできており、これがかなり深い。子供などは溺れてしまう危険がある。湯温もかなり高く、アチアチと言いながら、四肢背中を真っ赤にして最初の外湯を堪能する。


 夕食の後、だらだら浴衣に着替えるうちに送迎のバスにも遅れ、待たせた他の宿泊客とともに再び外湯に向かう。印象的なファサードの一の湯は露天が洞窟風で、外気が著しく寒いせいか湯気で頗る視界不良である。岩のゴツゴツした感じがなんとも格好良く、秘密基地のようで面白い気がする。洞窟探検をぷかぷか満喫した後は、寺院のような佇まいの御所の湯へ行く。御所の湯は美人の湯と言われており、これ以上美人になったらどうしようかしらんなどと言いながら浴衣をするすると一枚ずつ脱ぐ。御所の湯は半屋外になっており岩造の湯船が大きな棚田のようになだらかに連なっている。雪山の小さな猿になったような気すらする。雪の積もった山から湧き水が流れてくる(湯気は出ていなかったのでおそらく湧き水である)。湯に浸かりながら見るこの景色は壮観である。さっぱりとした後は昔懐かしい瓶の牛乳を飲みながら、すっぴん顔を盛れるアプリで写真を撮ったりする。


 すっきりとした面持ちで、来た時から目をつけていたバーに入ってみる。バーなど来たことはないが、なんとも洒落た雰囲気である。無知な我々は名前の可愛らしさだけでカクテルを選ぶ。オレンジブロッサム、ホワイトレディー。どすっぴんの私たちは学生に見間違われ、これらのカクテルはかなり強いが飲めるのか、と店主から進言される。不安になり挙げ句の果てには適当な軽めのお酒を2杯ずつ作ってもらう。その間バーのコツを店主が我々に教授する。強さ、味、スタイルを言えば世界共通で注文できるそうである。iPhoneの絵文字にもある鈍角の逆三角形のあのグラスに入ったものはショートというスタイルらしい。
 この店主の名札には、名前の上に××屋と筆字で書いてあることに気づく。思い起こすとそれは温泉街の途中にあった立派な旅館の名前である。ふと、街で見かけたあのカフェもあのお土産屋も、店名の傍にこの「××屋」との表記があったことを思い出す。静かにこの観光地を牛耳る「××屋」と、牛耳られた観光地で踊らされる我々。

 次の日の朝一番、宿から一番近い(すなわち街からは一番離れた)鴻の湯へ向かう。庭園露天風呂が売りのこの外湯は、大浴場の浴槽から庭園露天を正面に臨む。我々はまず屋内で温まりコンディションを整えてから、満を持して露天風呂に向かう。そこは雪の積もった庭園を正面に据え、雪景色を眺めながらほくほくと温まる。ああ、何も考えたくない、出張のことなんてまだ一ミリも決められない、そう思う。こういう決断は結局ノリが重要だし、勢いで決めてしまおう。そういえば、あの上司も人をその気にさせるのが上手いんだよなあ、と思う。手玉に取る上司と、その手のひらで転がされる私。
 城崎には二日滞在した。翌日、私はその出張を辞退した。

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