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【DAY 27】映像が印象的な映画 「Mommy/マミー」

DAY 27
a film that is visuallly striking to you.
映像が印象的な映画

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「Mommy/マミー」(2014)
グザヴィエ・ドラン監督
アンヌ・ドルヴァル、アントワン・オリヴィエ・ピロン、スザンヌ・クレマン、パトリック・ユアール

とある世界のカナダでは、2015年に新しい内閣が発足、発達障害児の家族は法的な手続き無しで入院させる権利を保証するという「S14法」が成立した。
歳の割に若作りなシングルマザーのダイ(アンヌ・ドルヴァル)は、矯正施設で問題ばかり起こしている多動性障害児の息子のスティーヴ(アントワン・オリヴィエ・ピロン)が、ある日放火の騒動を起こしたことによって、彼を自宅に引き取ることにする。しかしダイは、ちょうどこのタイミングで職場をクビになってしまった。

ある日、スティーヴがスーパーからたくさんの品物をカートに乗せたまま帰って来た。「Mommy」と書かれたネックレスをダイにプレゼントするスティーヴ。しかし彼女はそれらが万引きであることを悟って「返しに行きましょう」と説得するが、「僕のプレゼントを受けとれないのかよ!」と激昂し首を締められ、思わず彼を殴ってしまう。

その騒動を救ってくれたのは、隣人のカイラ(スザンヌ・クレマン)だった。怪我をしたスティーヴの手当てをしてくれたお礼に、ディナーに招待したダイ。カイラは中学教師だったが、2年前から吃音症を患い休職中だった。彼女はスティーヴの病気のことを打ち明けるダイに理解を示す。その日は3人でワインを飲み、幸せに踊って過ごす。

その翌日、職探しに行く間のスティーヴの監視を、カイラにお願いすることにする。騒ぎ続けるスティーヴに、最初は手を焼くカイラであったが、一度思わず厳しく叱責したことで、次第に落ち着かせることに成功し、その後は真面目に数学と科学の課題をこなさせることができた。カイラが世話をすれば、このまま勉強を続けてくれそうだ。一方のダイは児童書の翻訳の仕事をもらうことができた。3人でいることのささやかな幸せ。ずっとこのままの生活が続くのかと思った。

しかし、火事の被害者から高額の治療費の請求書が届き、にっちもさっちも行かなくなったダイは、近所に住む、彼女に下心がある弁護士のポール(パトリック・ユアール)に近づくのだった。

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これもネタバレなしには説明しようがない映画なので、純度高く楽しみたい人は、この先を読まないことをお勧めします。

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無学で、生活費を稼ぐことだけでせいいっぱいのダイ、行動に抑制が効かないスティーヴ、過去のトラウマにより言葉が出てこないカイラ、それぞれ別々の問題を抱えた3人が、痛々しいほどに感情を剥き出しにするので、観る側の心の余裕がないと、ちょっとやられてしまうかもしれない映画だ。そもそも、最初のテロップの「S14法」がずるい。これのせいで、ついつい結末を想像してしまう。そしてそれは映画中につねに呪いとしてじっとりとつきまとう。

そして、ダイのスティーヴへの愛情、スティーヴのダイへの愛情、どちらもほんとうの気持ちだと見ていてわかるから、どうにもならない状況が余計に辛い。また、カイラの存在がまた重要な要素で、これが母子だけの物語ではなくて、味方である第三者が介入することによって、その特殊な状況がさらにありありと客観視されることになる。

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この映画が最も特徴的なのは、タテヨコのアスペクト比が、Instagramのように1:1だということ。
人間の目は横に並んでついている。また、地球には重力があるわけで、大体のものは横並びに置かれていく。なので、絵画も写真も映画もテレビでも、目に見えるものを二次元に描き写す場合、横長の長方形の画角が適している。正方形だと、画面内に置けるものの数が減ってしまい、どうも情報量が少ない。

また、人間を撮る場合、このサイズだと1人が入ってやっとなので、延々とワンショットが続くことになる。通常の横長の画角の場合、よくある構図のコツとして、右を向いている人を撮る場合には、目線の先の右側に空間を作ると画面に広がりが出るため、ちょっと左寄りに配置して切り取る。逆に、あえて閉塞感を表したい場合には、ちょっと右寄りに配置し、目線の前を画面の縁にする。しかし、正方形だと、どっちを向いても縁であり、どうしてもそこから抜け出せないのだ。「そうか、彼らの状況を、映像だけでうまいこと表してるなあ」と思わされる。

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しかし、この監督を、若いからといって舐めてはいけなかった。(この映画を撮ったときのグザヴィエ・ドラン、25歳!)すっかり騙された。

映画中2回出て来る、ある物理的な「仕掛け」がある。映画中盤の3人が束の間の幸せと自由を感じるシーン。オアシスの「ワンダーウォール」がまるまる1曲流れるのだけれど、ここでスケボーに乗ったスティーヴが、引き戸を開け放つようにゆっくりと両腕を広げると、なんとアスペクト比が16:9へ広がって行くのだ。なんという開放感。これ、理屈じゃなくて、ずっと我慢してた小便が出せたときのような、本能的な開放感。そして笑顔の3人がひとつの画面に収まるから、この映像は、ずっと心に残る。

もう1回、クライマックスの3人で車で小旅行に出かけるシーン、ここでも同じ仕掛けが。そして、この小旅行中、ダンはスティーヴの明るい将来を妄想する。音楽学校に合格して卒業。ある日婚約者を家に連れて来る。結婚式でカイラと再開する。幸せでたまらないシーンだ。

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しかし、その小旅行は、彼を騙して矯正施設に連れていくためのものだった。また正方形に戻った画面には、施設に入れられることを悟って大暴れするスティーヴと、看護師たちに無理やり取り押さえられる彼を、見ていられないダイとカイラが映る。このシーンが辛すぎて泣いてしまうのも、画角変更のトリックで、思いもよらない感情の前フリがあったからなわけで、つくづくやられたなあ。

そんな痛々しい映画だったが、でもラストシーンにはきちんと救いの余地を残した、と僕は思った。来週トロントに引っ越すことになった、と告げに来るカイラに、ダイは「あたしは希望を持ってるの」と告げる。一方、スティーヴは施設から脱走しようと走りだす・・そこでラナ・デル・レイの「Born to Die」が大音量で流れる。この母子にも、いつか幸せな日々が訪れるはずだ。

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