記録

ただ方言キャラが書きたかっただけという

 人は死んだら星になる。風になる。花になる。動物になる。死んだらなにかになれるらしい。昔から色んな人が言っていた。わたしは何者かになりたかった。星になれたらいいな。花になれたら綺麗だろうな。だから、死にに来たのだ。ここはとある自殺の名所。切り立った崖の上。人気などあるはずもない場所に何故か人がいた。見るからに自殺志願者ではない。何処から持ち出してきたのかはわからないが椅子などにどっかりと座り、こちらをじっと見ている。年格好は恐らく少年であるように見えた。彼のすぐ傍には小さなテーブルもあり、ノートらしいものと何かしらの飲み物が入っているであろう瓶が置かれていた。
「……君、なにしてるの?」
思わず尋ねる。が、少年は表情を変えず、長い前髪の隙間からじぃっとわたしを見るだけだった。なんなのだろう、この子。
「見ない方がいいよ。今からわたし……」
「くっちゃべってねぇではぁ死にな。死にたくねえんなら帰れ」
少年は思いがけない言葉を吐き捨ててきた。ぽかんとしてしまったが何とか言葉を返す。
「な、なにそれ!言っていいことと悪いことがあるんじゃないの!?死ぬけど!」
「じゃあ死ねって。おれはそれを見る、仕事だからンなもん世話ねェ」
変わった言葉遣いでつまらなそうに彼は言う。そういうことなら、そうさせてもらおう。一歩、また一歩と崖縁へと近づいていく。
「……え?本当に見てるだけ?止めたりしないの?なんかいい話を始めたりしてその気じゃなくさせたりとかは?」
「ねぇよ。そのまま歩ってけ、で落っこちろ!しねえってこたぁやっぱ死にたかねぇんだがね。まぁずみっとがねぇ」
だからなんて?せめてなにがあったのかとか、そういうの聞くものじゃあないのか?そんな想いを見透かしたように少年?は言う。
「だいたいこんなとこにはなにかあったヤツかなにもなかったヤツしかきねぇんだ。あんたもそうだんべ」
「そうだけど。……そうだけど。あのさ……わたしなにかになりたかったの」
「うわ、自分から言い出した。そんなに構ってもらいたいん?いいよ、はぁ好きなだけくっちゃべれ」
喋れと言われたので喋ることにした。死にに来たのになにをしてるんだろ、わたし。
「ほら、よく言うでしょ。人って死んだら星になるとか。風になるとかさ。わたし、その……だいぶ色々やってはみたよ、頑張ったけどなににもなれなくて。だから、死んで……そういうのになれたらいいなってさ」
少年?は頬杖を付き、退屈そうに足をぶらぶらとさせていた。こいつまじで聞くだけか。答えなんて期待してなかったけど。じゃあそろそろ本当に飛ぼうかな。この子も待ってるっぽいし。
「ねぇよ?」
ぽつりと、彼は呟いた。その目は真っ直ぐわたしを見ている。
「死んだらお仕舞い。なんも、ねぇよ。あんたは、もう終い」
突き放すような言葉だった。だが、おかしなことにわたしはその言葉にどこか安堵していた。そうか。終われるのか。もう、終わってもいいのか。
「そう。ありがとう。そろそろ行くね」
「じゃあ、バイバイ。ダイジョブ、おおか痛かねえから」
ひらひらと彼が手を振った。それを確認し、わたしは飛んだ。「わたし」の記録はここまでだ。

 無事、彼女はその命を終えた。ここでの自殺者は、観測し始めてからこれで■■■56人目となる。書き終えた少年?はテーブルに足を乗せ、軽く息を吐いた。それから瓶を呷った。中身は酒だ。しかし、滅入る。ただ死ぬ人を見るだけの仕事。それを観測し淡々と記録していく、それだけ。引き留めず、過度に煽らず(彼は口が悪いため煽っているようにしか見えないが)。そうやってるとこうして……
「どーも」
空間に裂け目が生じ、虚空からにゅっと手が突き出した。その手には金が握られている。それを受け取り、懐に仕舞い込んだ。こういう暮らしだ。嫌でもどうせこんなことしかできないのだ。彼は人ではないから。
「人は死んだらオシマイ。本当ですかね」
そんな彼に問い掛ける声あり。椅子にもたれ、足は行儀悪くテーブルに乗せたまま、忌々しげに舌打ちで返事をした。
「なっからうるせえ。誰だ。まぁず人間じゃねえヤツはくせえうるせえ」
「相変わらず品のない魔境訛りだ。え?亞戸尾童子。それよりも、これまた古くさい魔境ルールもここまでですよ」
その者は上品な狩衣を纏い、口許を扇子で隠している。長い長髪は黒く細かく、艶があり……女のようだった。
「火舞。だっけ。なんなん?」
火舞(ほまい)と呼ばれた男はゆっくりとした瞬きのあと言った。
「死が終点など生ぬるい。その先を、用意すべきだ。そう言ってるのですよ」
亞戸尾(あとおどうじ)と呼ばれた少年はテーブルを蹴る。
「あんたらこそその意味わからん思想をぶちゃれ。そんなんいいんだよ、人間には早すぎるっつってんべ」
「おやげねえ、ってやつですか?甘いですね」
亞戸尾童子は不機嫌なままだ。両者の間にヒリついた沈黙が流れる。二人はしばし睨み合った。と、先に声を発したのは火舞だった。
「まあ、いいでしょう。猶予を与えることにします。あなたのそのルールと我々の思想、どちらが正しいか……いずれわかりましょう」
そうねちっこく釘を刺すと、火舞は消えた。後に残された空虚な無音の中、亞戸尾童子は深い深い溜め息を吐いた。それからテーブルを直し、一言二言ノートに書き記す。ノートを閉じ、酒を飲み干すと虚空へ手を伸ばし、スッと引いた。裂け目が出来た。
「答えは同じです。おれはここで見届けます。終わりを」
裂け目へと告げると、彼はそれを閉じた。そうして、椅子に行儀悪く座り直すとそのまま黙りこくった。次の終わりを待つことにしよう。

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