アンジェラ(4)

ほぼ一年ぶりの続き。これ続きあったの!?あったんだなあ。お待たせしました、ごめんなさい!!!

 恐ろしく美しいひとだった。いや、人ではないのだけれど。プラチナブロンドの髪は光に溶けてしまいそうなほど眩しかった。その隙間から覗くアクアマリンみたいな澄んだ目は、俺を捉えるとすうっと細まった。目を奪われる、慈愛に満ちた微笑みだった。

それは天使と呼ぶに相応しい────



「近いうちにって言ったよね!?」
俺は洗濯物を丁寧にたたみながら、変わらず愛想のない無表情の天使に詰め寄った。彼女は既にたたみ終わった洗濯物の山を片付けながら悪びれる様子もなく、
「近いうちですが?」
などと答えた。
「あれから2ヶ月なんだけど!?」
「近いうち…ですよね?あら?せいぜい1年程度は近いうちの範疇だと思っていたのだけれど」
本気でそう思ってるトーンだ。なるほど。天使と人間の「近いうち」はまるで違うらしい。
「じゃあ、あと1年は無理ってことなの?」
急に虚脱感が襲ってきた。長い。近いうちを期待するんじゃなかった。
「でも…そうですね。行けないことはないのも確かです。今日行きますか?」
「え?今日?」
突然すぎやしないか?行ける分にはいいけど。そんなわけで随分あっさり、天国に行ってみることになった。

 一先ず布団を敷き、いつものようにそこへ横たわった。
「で、どうすればいいんですかね」
次の日に遠足を迎えた子どもみたいにそわそわしてしまう。だいたい、どうやって天国に?幽体離脱とか、そんな感じかな。夢がどうこうとは言ってたけど。
「貴方はそのまま眠っていただければ結構です。こちらで手続きをし、パスは繋ぎます」
手続きが要るのか…。俺は出来る限り気持ちを鎮め、目を閉じ眠ろうと試みた。眠ろうと。眠、ろうと。ね……む……。
「寝れん」
「寝てください」
怒られた。頑張って寝ることにする。なにも考えなくていい、ただ、体の力を抜いて……楽になってしまえば。今度こそ、眠りは訪れた。目を開けたときに飛び込んできたのは────

 「真っ白い!!」
白く、明るい空間だった。デスクや本棚のようなものが置かれた一角もあるが、そのすべてが清潔感ある純白で統一されている。周りには天使と似たような服を着た人らがいる。この人たちが彼女以外の天使たちなのか。普通の人間っぽい人もいる。
「おっ、彼が君の担当する人間かな。ゆっくり見学していきなさい」
低く穏やかな声が上からした。そちらへ目をやると、一言で言えば「キリン人間」といった風情の何かがいた。これが、もしかして……
「お疲れさまです、キリンさん。休憩ですか?」
「うむ。最近仕事が随分減った気がするんだ、どういうわけか」
天使と彼女の上司であろうキリンは語り合う。しかし本当に動物の天使がいるとは。
「じゃ、他の天使たちの邪魔にならない程度にね!」
キリン天使は去った。天使はなにか考え込んでいるようだった。
「おーい?他のところも見たいんだけど」
「……はい、ではこちらへ」
天使はすぐにいつものサバサバとした天使に戻った。その道中にも、色んな天使を見た。うさぎ天使。猫天使。かわいらしい子犬天使。大蛇の天使。車椅子に座った老人の天使。子どもの天使たち。大蛇にはさすがに驚いたが、天使なだけあって悪い人(?)ではなかった。
「あ」
突然、天使がそう声を漏らし、足を止めた。
「どうしたの?」
「……いいえ。こちらも一応ご覧になってください。新人天使が……いますので」
妙に歯切れが悪い。らしくないな。そこにいたのは……
───恐ろしく美しいひとだった。いや、人ではないのだけれど。プラチナブロンドの髪は光に溶けてしまいそうなほど眩しかった。その隙間から覗くアクアマリンみたいな澄んだ目は、俺を捉えるとすうっと細まった。目を奪われる、慈愛に満ちた微笑みだった。それは天使と呼ぶに相応しく……目を奪われると同時に、空恐ろしさを感じた。彼女は俺に気が付くと、ふわりと微笑んだ。
「……あ、え、えっと……あー、てん、天使!あの人の周りにいる人たちってあの人の担当する人間たち!?ずいぶんたくさん担当してるんだね、ねっ!」
俺はどうしたらいいのかわからなくて、一先ず隣の天使に話を振った。
「!?」
俺はぎょっとした。いつも涼しげなポーカーフェイスの天使が、恐ろしい形相であの美女天使を睨んでいたような気がしたからだ。
「ええ。そういう天使も少なくはありません。ですが、新人天使で多数を兼任するケースは極めて稀有です。それに」
視線を戻すと、いつもの天使に戻っていた。そうだ、気のせいだ、きっと。
「私は、あの者のやり方を受け入れることは出来ない」
小さい声だったが、はっきりと聞き取れた。こんな彼女を見るのは初めてだ。少し恐ろしくなったので、口を閉ざし、あの美女天使の仕事ぶりを観察した。たくさんの人間が彼女にすがる。
「大丈夫。大丈夫です。わたしがみなさんを救いますから。ずっと、わたしが傍にいます。だから恐れないで。苦しまないで……ね?」
ふんわりと、不安げにすがり付く人間たちへ語りかける美女天使。なんだか、おれの知ってる天使じゃない。天使ってのは、もっとこう……厳しくて、サバサバしてて、甘くない……視線を感じたのか、隣の天使は「なにか?」
と言った。なんでもありません。まあ、ともあれ、俺の初めての天国見学はこんな感じだった。面白かったし、ためになった。俺の天使も、あれ以来いつもと違う様子を見せることはなかった。ある訪問者が、彼女を訪ねてくるまでは。

 ピンポーン。
インターホンが鳴る。俺は返事をし、玄関へ向かう。ドアを開くと、思わず再びドアを閉めたくなる光景が広がっていた……ので、ドアを閉めた。あんな人はいなかった。赤い光沢生地の露出度高い派手な女物服を着た高身長男性なんていなかった。コスプレイヤーさんかな?ともかく気のせいだ。夢かもしれない。深呼吸をし、そっと再びドアを開く。すると凄まじい速さでドアを押さえられた。その隙間に女装コスプレイヤーさん(仮)は素早く身を挟む。
「ひでえな、何も無言で閉めるこたぁねえだろうが」
鋭い眼光が俺を射抜く。誰だこの女装コスプレイヤーさん(仮)!!助けて天使!
「なんの騒ぎですか?」
助かった!聞き付けた天使が向かってくる。
「!?貴方……何故ここに?」
彼を見た天使は口元を手で覆い、驚きを隠せないでいる。女装コスプレイヤーさん(仮)は天使に用があるらしい。そりゃあそうだろう。俺はこんな人知らない。
「こんちは。変わりねえみたいスね、アンタ。再会を喜びたいとこだが、悪いがそれどころじゃねえのよ。長くなるから上げてくれや。そこのボウズが入れてくれなくてよ」
「貴方が来るということは相当な出来事が起こってると見ていいのね。いいわ、お入りなさい」
天使がそう言うのでドアを開けてやった。退っ引きならない事情があるっぽいし。お茶でも淹れてこよう。
「早速本題に入るぜ。単刀直入に言う。自殺者が多すぎる」
「……そのようね。私にもその情報は入ってきている。天使としてとてもやりきれないわ」
「だが……それだけじゃあないんスよ、問題は。っつうよりまずいのはこっちでね……『その自殺者が一人残らず行方を眩ましている』」
何?どういう話だ?そもそも、この女装コスプレイヤーさん(仮)は何者だ?お茶を出しつつ聞き耳をたててた俺にはなんのこっちゃだ。
「馬鹿な。自殺者はそちらの管轄のはず……それが行方不明だなんて、何かの間違いじゃないの?」
「だったら良かったがな。それならウチの者がヘマやっただけで終わり、だがそうじゃねえ。消えてんだよ、ごっそりな……そこで偉いさんらはまず天国連中に目をつけた」
確か天使言ってたっけ。天国に行けない魂ってのは自殺者などのことを言う、とか。じゃあつまり天国に行けなかった魂たちはどこに行く?地獄?となると……この話ぶりからすれば、このレイヤーさん(仮)は地獄の人か?
「我々に過失があるとでも?そもそも自殺者は天国へは行けないのよ」
「うん、そう。天国にはいけない。だけどどう?死んでないやつなら天国に行けるし天使ともコンタクト取れるはずだよな」
「……あっ」
俺は思わず声を上げた。二人が一斉に俺を見る。
「ある、あるよね天使、心当たり!たぶんだけど」
「!……貴方は思ったよりも観察しているのね……ええ、あるわ。心当たり。それから一応貴方にも一連の説明をします。いいわよね、ヤシオ?」
天使はレイヤーさん(仮)に尋ねる。彼はやや困った様子を見せたが、承諾した。
「姐さんには逆らえないし……あんたもなんか知ってそうだしいいだろう、俺が責任取る。俺はヤシオ。地獄で獄卒をやってる」
そんな獄卒レイヤーヤシオさんから聞いた話はこうだ。
・自殺者が増えているらしい。
・だがその自殺者の魂の行方が不明となっている。
・天使にホシがいる可能性
そして……「地獄に封じられた悪魔の一体が忽然と姿を消した」という話。
信じられないし、信じたくないが……まさか。
「そのまさかでしょう。あの女がクロです」
天使は断言した。いつものように、冷徹に。だからこそわかってしまう。これは単に彼女があの美女天使を気に入らないからという私情で言っているわけではないのだと。
「そんなヤツが天国に潜伏してたのかよ……誰も気付かなかったのか?」 
ヤシオさんは毒づいた。天使は頭を振る。
「他の天使たちから見てもアレは『聖人』そのものだったようですから」
「そうスか。そうとわかりゃあ俺は野郎を探す。天国のどっかだよな……取っ捕まえてボコボコにしてやらァ」
鼻息荒く外へ向かうヤシオさんの後に続く。ヤシオさんが空中へ手を置いたと思えば、そこに炎の意匠が施されたバイクが現れた。かっこいい。
「私たちも同行させてください」
ヘルメットを被りながら、ヤシオさんは困った顔をした。
「あー……姐さんはともかくそのボウズ連れてくのは賛成出来ないスよ……何があるかわかんねえもん」
そうだよね。俺、ただの人間だもん。けど、俺が行かなきゃいけない気がする。変なの。いつもの俺ならここですぐに引き下がるところなんだけど。
「行かせてくれませんか。その……天使悪魔を捕まえる役に立てると思う」
天使もヤシオさんも目を丸くしている。直後、天使は楽しそうに笑った。
「私からもお願い致します。彼のことは、私がなんとしても守りますから」
ヤシオさんは数十秒ほど唸り、やがて決心したように指を鳴らした。バイクの隣にサイドカーが出現した。
「気に入ったぜボウズ。乗りな。お前さんは俺の後ろにしっかりしがみつけよ。姐さんはそっちのサイドカーだ」
「何故私がサイドカー?」
「ボウズそこに乗せたらどっか飛んでっちまうかもしれないんで。一番安全なのがこの方法だと思ったんで我慢してくだせ!さあ、行くぜ……!」
覚悟も準備も出来ている。いざ再び、天国へ。……あれ?そういえば寝てもないのにましてや死んでもいないのに天国っていけるものなの?その点に関しては問題なし。このバイクは特別製で、魂だけを乗せられるんだって。優れ物!

 まあ、その間本体はそこらへんに転がってるわけだけど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?