爆走業火車ヤシオ・カーマイン

「アンジェラ」の番外編です。時系列も本編とは異なるものとなっています。

 「ところで、ヤシオさんと天使ってどういう知り合い?」
突然現れた自称獄卒の女装コスプレイヤー(?)ヤシオさんについて、まだ知らないことが多すぎる。何故そんな派手な女装なのか。見てると普通に似合ってる気がしてくるのは何なのか。むしろこの人が着ているとかっこいいまである。
「仕事で何度か交流があるのですよ」
「そうそう。閻魔さんとこ連れてったりな。逆に天国を案内してもらったりよ。姐さんには世話ンなってる」
高身長で顔が険しくて、少し怖い印象だったが、緊張が解けたらしい彼は親しみやすい笑顔など見せている。やっぱり、悪い人ではなさそう。
「そもそも獄卒っていうけど……何者なんですか?ヤシオさんその、謎が多すぎて」
「何者って、こういうモンだよ。なにかおかしいところがあるか?ンン?」
おかしくはない。ただすごく目立つのと、俺の日常生活の中では異彩を放ってはいる。こう言っちゃあなんだが、SMクラブの女王様みたい。それから。
「目のやり場に若干困るんですけど……」
「そんなん、俺の顔を見な。それかこのたくましい腹筋を見ろ。それとも何だ?女装が気になんのかよ?」
彼はずいっと顔を寄せてきた。はい、気になります。軽く頷くと、代わりに天使が語り始めた。
「まず、彼には『紅のヤシオ』という異名がありましてね。その格好のルーツを知るにはそこから話しましょうか。いいですね?」
「ええ、俺が言うのはちと小っ恥ずかしいんで」
ヤシオさんはそっぽを向いて頬を掻いた。

 かつて、地獄は古臭い規律に固められていた。男は例外なく指定された黒い制服を着用しなくてはならず、女もまた同様に指定された赤い制服の着用を義務付けられていた。この規律は遥か昔から存在し、遵守されてきたが、時代は変わっている。そこで働く者たちも多様化していくものだ。当然このように思う者が出てくる。「何故俺は、私は、赤を或いは黒を着なければならないのか」「自分はスカートを履きたくない」「自分が男性用制服を着ていることに強い違和感を感じる」など。ヤシオもその一人だった。彼の場合はマイノリティではなく単に自由が欲しかったからであったが。そこで、女装コスプレイヤーヤシオの爆誕である。地獄に激震が走った。ある者は彼を指差して笑い、ある者は羨望の眼差しで見つめ、ある者は怒り、またある者はそういうのもあるのか!と感心した。女性用の赤色を着ているのもそうだが、周囲に衝撃を与えたのは何よりその着崩しぶりだった。赤いジャケットも帽子もスカートも、何故かセクシーな光沢のあるエナメル地になっており、堅い印象のジャケットはラフなライダース仕様のデザインに様変わり。それの前を開け、その下には見せブラと見紛うほど短いタンクトップ。スカートは挑発的な短さを誇り、履くのはストッキングではなくガーターベルトであり、極め付きはピンヒールのニーハイブーツ。ショッキングの一言に尽きる。こんなショッキングの塊が地獄全土をご自慢の火車(バイク)で全力疾走。あっという間にこの衝撃は広まり、上層部はぶちギレた。しかし、そんな彼らをよそにヤシオは得意げにこう言った。
「サイコーに地獄って感じするだろ」
確かにそうだと地獄全土が納得した。怒りが臨界点を超えた上層部の血管はえらいことになっていた。上層部は彼を解雇しようかと考えた。だがヤシオは獄卒としては極めて優秀であったがため、それは躊躇われた。その時だ。彼に感化された者たちが制服を着崩し蜂起し始めた。
「その調子だ!で、アンタがたはどうします?みみっちい規律をなくしさえすればこれは収まるんだぜ」
ヤシオは様々な対応に追われパニック状態の上層部へ言ってのけた。怒りとパニックで頭がおかしくなっていた上層部はそれを承諾してしまった。これが、のちの「紅のヤシオの変」である。

 「ただし、どういう着方をしても構わんが赤か黒かというのだけは守れと。そういう感じになった……それ以外にもわりと堅かったルールなんかが軟化したりはしたかな」
一通り聞いたがなんと恐ろしい人だろうか。驚くべきはその影響力とカリスマだ。まあ、こんなインパクトある人を見たら、何らかの影響は受けるよね。
「あとこの格好だがよ、はじめは連中に地獄を見せてやるためにやっただけなんだが……そのうち癖になってさ」
やっぱり変態じゃないか!
「変態じゃねえっ!いい具合に引き締まったこの肉体をだな、如何に映えさせるかをだな、考慮してのアレでもあるんだぞ、インスタ映えするぜ!」
俺はインスタじゃあないところで大いに映えると思う。と言いたかったがやめとこう。天使はこのやり取りにずっと笑っている。楽しそうで本当に何よりです。ところで、全く関係ないがずっと気になっていることが一つ。
「その、顔の絆創膏。そろそろあの時の傷治ったはずだけど、まだ付けてるの?」
「私もそれは気になっていました」
そうだ。彼の頬には未だ俺が貼ってやった星形のポップな絆創膏が付いている。指摘されたヤシオさんは早口に、
「こっ、これもインスタ映えだっつの!それにあン時からマジでガキどもに好評なんだよ!取ったらなんかぱっとしねえし正直ちょっと気に入ってるっつうか……とにかく似合ってンだろ!?」
と言った。すごい。休符どこにもなかった。
「そうですね。似合っているか似合っていないかといえば、よく似合っているわね」
「うん。かっこいい。それ選んでよかったし、気に入ってくれたなら、それで」
俺たちからそう言われたヤシオさんは顔を真っ赤にして黙ってしまった。怒ってる?天使のほうを窺えばやはり可笑しそうに笑ってるだけである。変わったなあ、この人も。
「そうだ、ヤシオさんインスタやってんならフォローさせてよ」
「私もいいかしら?」
「はあ!?ボウズ、テメーはダメだ!!姐さんはいいよ、この……これが俺のアカウントっス。ボウズはダメー!残念でした!!」
なんでだよ!天使だけずるい!……なんて、気付けばヤシオさんとの距離も縮まっていた。天使といい、変な知り合いが増えたものだ。でも、前よりもずっと楽しい。こんなのも、悪くない。

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