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福祉形成における共感共同の場の意味

福祉形成のトポスを共感共同の位置に視点を当てながら解明していきます。その議論がトポスという言葉の本当の意味の解題に繋がっていくことになります。この議論は、拙著「福祉における場の究明ー共感共同からトポスへ至る現象学的考察ー」(丸善プラネット)における議論を参照しています。
 この書における社会福祉という表現は狭義にとらえると生活のしずらさを抱える人の福祉=生活問題解決を意味しますが、わたくしどもはこの言葉を狭義からさらに広義の人間福祉という意味を強くもたせて使っております。
 さて、この人間福祉が形成されていく場としての状況を我々は問うことにします。われわれは上記の著書においてアリストテレスに言及しながら述べているのですが、Toposつまり場所を「包まれるものの形相や質料でも、包まれるものの面との間にある拡がりでもない。むしろ包むものの内側の面そのもの、包む物体の境界面」として理解し、それを解題しつつ情況的結果的には「包むものが包まれるものと一体性を持つ実質的側面」となる、(上掲書p.75)と理解しています。このような表現はきわめて理解し難いかと思います。それは場所という特定の空間を区切り取るかに見えて作用的には包まれるものとともにある情況としてあることによって成立する現象を意味致します。したがって包むことと包まれること両者のあいだにある関係性の実質といったほうが妥当な意味表現となるでしょう。この実質状況をさらによく説明してくれるのが、主語と述語の関係性です。主語は確かにそれが包みこむ内容を一つの特殊によって位置づけてくれる作用的役割をはたしてくれる。しかし独立して意味を完結してくれるものではなく、一般的内容を底に内包してはじめて意味を形成していくことができる。そこには関係性による、いうなれば関係的主観によるそこに示そうとする実質状況が作用を完結していく間主観があるといえます。そこにある間主観とはどのような関係的意識状況といえるのでしょうか。それをわれわれは共感共同と呼称することができると考えているのです。間主観のなかに成立する共感共同。これが間主観のもたらす場の実質として人間の関係性として福祉的成果へと繋がってまいります。われわれはこのようなものの見方から現象学にいう間主観主義の考え方へと議論を進めようと思います。そうしてその現象学による人間福祉を問う作業を試みたいと思います。それはマックスシェーラーの現象学的人間学をベースにすることになることでしょう。
 


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