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アメーバピグで初恋した話

「アメーバピグ」というゲームをご存じでしょうか。

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図1 アメーバピグのプレイ画面


 2009年くらいからサービス開始した元祖アバターゲームで、自身のアバターを作成して仮想空間で生活することができます。

 残念ながら2019年にPC版はサービスが終了していて、現在では遊べないのですが、当時小学生だった僕はずいぶんとこのゲームに熱を上げていました。

 今でいうVRChatに構造が近くて、世界中のアバターと交流したり、自身の部屋を作ったり、洋服を着飾ったりと、かなりの人気を博していました。

 純粋無垢だった小3の僕は紆余曲折あってアメーバピグにたどり着きました。おそらくですが、それまで主にプレイしていた『メイプルストーリー』に飽きて次なるゲームを探していたからだと記憶しています。

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図2 メイプルストーリーのプレイ画面

 そもそも、僕がメイプルストーリーに求めていたのはマルチプレイ、つまり他ユーザーとの交流の部分だったので、一人でクエストを消化するのは向いていませんでした。交流だけにフォーカスしたアメーバピグに惹かれたのは必然だったのかもしれません。

 当時の僕は、家に帰るなり2chで新しく建てられたスレに26歳と偽って書き込んだり、フラッシュ倉庫やニコニコで動画を眺めて喜ぶイタい小学生だったので、インターネットに根を張っているのがかっこいいと思ってました。

 クラスメイトと喋るときは ”スレ” や ”MAD” などの用語を使って「俺はお前らとは違う」というアピールをしている最悪の人間だったので、当然のように友達は少なく、ますますネットに交流を求めるようになりました。会話相手に飢えていたんでしょうね。

 そんなこんなでピグを始めた僕ですが、『トモダチコレクション』みたいなゲームがもともと好きだったので案の定どっぷりハマってしまいました。授業中も、「今日はどこのルームに行こうかな~」とか考えてました。

 ピグにハマりだして二ヶ月ほど経った頃、とある過疎ルームを訪れた僕は、そこで一人のアバターと出会います。画像のような感じの雰囲気で、観葉植物がたくさんおいてありました。

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図3 過疎ルームのイメージ画像

 今で言う「ゴスロリ」のような格好で、白いフリルを着たそのアバターが、チャット機能で僕に話しかけてきました。

「来てくれてありがと~! お花屋さんです」

 うろ覚えですが、こんなニュアンスでした。どうやら植物を配置してフラワーショップを経営しているらしく、飛び跳ねるモーションを使って喜びを表現していました。

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図4 ゴスロリのイメージ画像


 その日は軽く会話して、いつもこのルームで遊んでいること、平日の20時くらいからログインしていること、お花が好きなこと……と、色々教えてくれました。

「あんり」という名前だったその人は、小学生の僕にはものすごく魅力的に見えました。

というのも、アメーバピグは基本的に現実と同じでアバターの容姿で対応が露骨に変わります。たまにネタで死ぬほどブサイクなアバターを使っている人が居るんですが、そういう人は初対面でいきなり煽られたり罵倒されたりします。ブスには人権がない世界なんですね。

 僕は良くも悪くも「普通」のアバターだったのでそういう経験はありませんでしたが、逆に言えばとてもかわいいアバターを作成してレアな洋服を纏っていればすぐに男に囲まれます。中学生になってふとアメーバピグを思い出したときに再度アバターを作り直してログインしてみたことがあったんですが、その時にとても可愛い女性アバターで入ってみたら数時間で男に口説かれました。ほんと怖い。

 ですので、明らかに”可愛い”アバターでそこそこ高い衣装を着ている「あんり」さんが囲まれていないのは逆に奇跡でした。僕のやっていた頃は2011年くらいの一番治安の悪い時期だったので、男はすぐに女性アバターを囲って口説き始め、メアドの交換を提案→駄目だったらskypeを要求、という手口が大流行していました。

 女性アバターと一対一で喋る機会なんてなかなかありません。次の日も20時頃にログインすると、あんりさんの他にもう一人、男ユーザーがいましたが数分でログアウトし、僕はチャットであんりさんと喋り出しました。

 本当に実りのない会話をしていたので中身はほとんど覚えていないのですが、僕は高校2年生を名乗っていて、「授業だるいな~」とバカみたいなことを喋っていた気がします。

 漫画で読むような高校生像を演じていたせいで時折ボロが出ましたが、あちらも気付いていたのか、それとも気付いていないのか、何事もなく会話は続きました。

 なんだかんだでその後も仲良くなり、今度は互いの部屋に遊びに行くようになります。自分のルームは設定を変えない限り他人が勝手に入ってくることはありません。一週間に3度ほどログインし、時刻はたいてい20時過ぎでした。あんりさんと話す時間もだんだん増えていきました。

 徐々に分かってきたことですが、あんりさんは東京に住む21歳の女子大生で、都内の女子大に通っているらしく、大学の授業の話、アルバイトしている飲食店の話をよくしていた印象があります。

 そんなある日、お酒の話になりました。たしかあんりさんが居酒屋勤務だったので「酔っ払いが嫌い」みたいな話の流れでした(なんでこんなに覚えてるんだろう)。

「酔っ払いは怖いから嫌いだな~、君はお酒飲みたい?」

「あとちょっとで飲めるので気になります!」

「そっか、じゃあ20歳になったら一緒に飲みに行こうね」

 この言葉に僕は打ち抜かれてしまいました。なんというか、ネット上の希薄な関係が、一気に実体を伴って現前した感じがして、数日間はあんりさんのことしか考えられませんでした。あんりさんと一緒にお酒を飲みに行く妄想をして眠りにつく日々が続きました。

 それと同時に、本当の僕は、実は小学生という事実を告白すべきかどうか、とてつもなく迷いました。今思えばバカみたいな話ですが、当時は切実な問題だったんです。

 ですが、結局あんりさんはいつの間にかアメーバピグから離れてしまったみたいで、ついに真実を打ち明ける機会は訪れませんでした。本当に、ある日ふとログインしないようになってしまったんです。

 僕の部屋には、ポイントを貯めて買った安楽椅子がありました。今まであんりさんが座っていたものです。座る主を失った椅子が僕の部屋にあるのがなんだか寂しくて、しばらくしてから取り除いてしまいました。部屋と僕の心にぽっかりと穴が空きました。ドラえもんのいない部屋で感傷に浸るのび太の気持ちが分かります。

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図5 「さようなら、ドラえもん」の一コマ

 あんりさんのいなくなったアメーバピグを、僕はどう楽しめばいいのか分かりませんでした。しばらくは様々なルームを放浪して傷を癒やしたりしていました。

 キャバクラのルームに行って、「よく遊んでいたアバターさんがいなくなっちゃいました」と相談したら、「やめれば?」と正論で返されたりもしました。

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 図6 キャバクラルームのイメージ

 数週間ほどして、全然ログインしなくなったピグに久しぶりに入りました。つい手癖で、いつもあんりさんが使用していた植物のたくさんあるルームに入ってしまいました。当然、そこにあんりさんはいません。

 しかし、僕以外にも人が居ました。二度目にこのルームを訪れたときにあんりさんと一緒に居て、数分で落ちた男アバターの人でした。

 懐かしくなった僕はついチャットを送ってしまい、

「あなたもあんりさんを探してるんですか?」

 と彼に訊きます。

 そして、しばらくしてから彼はこう返してきたのです。

「あいつ男だよw」

 僕の中で何かが壊れる音がしました。ずっと幻視していたあんりさんのイメージが蜃気楼みたいに立ち消えて、僕だけが残されました(文学的表現)。

 それから僕は検索欄に覚えたての言葉を入力します。

 検索: ネカマ とは

 小学生の僕には少々重たすぎる話でした。今思い返せば、その人がついた嘘という可能性もあって、あんりさんは実際に女子大生だったかもしれません。しかし、ネカマというワードの持つ邪悪さに打ち負けてしまったんでしょうね。

 そして、今では逆にあんりさんを信じていますし、それが嘘であってもいいと思えます。バ美肉おじさんの跋扈する時代に、ネカマなんて珍しくもなんともありません。

 あんりさんという女子大生が存在していようとなかろうと、僕があの時交わした約束だけは確実にあったんです。
「そっか、じゃあ20歳になったら一緒に飲みに行こうね」
 という言葉だけに縋って、今日もインターネットをやっているんです。

 あんりさん。僕も、20歳まで残り1年ほどとなりました。時の流れって早いですね。僕もあなたもすっかり変わってしまいました。いつの間にかピグ自体もサービス終了していました。

 けれど、あの時の約束は忘れません。20歳になって共にお酒が飲める日を、今でも僕はたまに妄想します。元気ですか、あんりさん。

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