2視覚障害者とすくる

「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」で3つのイメージを創造する

 2012年6月からすでに1,652名(内視覚障害者は348名)が参加しているワークショップのお話を二人に聞いた。写真真ん中は代表の林さんの同僚で、中途失明の木下さん、左側の方が視覚障害をもつ参加者(奥様が右側)。鑑賞の仕方は想像していたのとは全く違った。まず晴眼者が、鑑賞対象作品について、「見えること(形や色など)」と、「見えないこと(印象、感想、思い出したことなど)を言葉にする」。それを聞いて、視覚障害者は自分の記憶と組み合わせて、作品の像、イメージをつくっていくやり方だ。しかし言葉にするプロセスは簡単ではない。

 晴眼者が言葉にしていこうとするその時、視覚障害者がナビゲーターになって助けていくというプロセスが現れる。舟越桂の彫刻作品を鑑賞したときの事。目が見えるある人は「寂しい」印象と語り、別の人は「穏やかな」印象だといわれた。視覚障害者がそれぞれに「なぜその印象?」とナビをしていくと、寂しく感じたのは、後ろの2体の彫像と離れていたから、穏やかに感じたのは、天窓からの日が当たっていたので、と言葉化された。このような共同作業により、晴眼者はより深く自分の印象を理解し、視覚障害者は、舟越桂作品のイメージを自分のものにしていく。

 写真家佐内正史の作品はモノが写っている。それを晴眼者が、ガードレール、観葉植物、と見えていることを言葉化しても、視覚障害者のNさんからは「全くイメージできない」との発言。そこでNさんが晴眼者を助け「ある日の、近所の、事が起こった前かあとで、SNSには上がらない、断片的で意味のない風景」「カーブしたガードレール、お団子のような道路標識・・」などと言葉化していくプロセスがあって、初めてNさんが写真を見ることができるようになる。「日常生活の中での、意味、意図、機能を切り取ってモノそのものをジーっとみている感じ。」とはNさんの感想だ。

 晴眼者の感性をより深化させ、視覚障害者の感性を重ね合わせることで、3つのイメージが作られる。一つは、晴眼者が初めに作品を見たときのイメージ、2つめは、視覚障害者がもったイメージで、晴眼者との協働によりつくったもの、そして、晴眼者が新たに獲得したイメージで、視覚障害者との協働でつくったものある。新たな作品がそこで誕生した、といってもいいのではないだろうか。




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