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自閉症の人はなぜ電車が好きなのか(奥平俊六さんの著書より)

 奥平俊六さんは、自閉症児の託児に数多く携わり、これまでに学童期までの自閉症児をのべ1000人以上みてきた日本絵画史の専門家である。そして二男をレイルマン・ダダとよび「電車好きの明るい自閉症児」と紹介している。奥平さんは、「自閉症の人は電車をみる前から、電車が好きなのである」という。それはなぜか。自閉症の特性と合わせて以下のように論じている。(「自閉症の人はなぜ電車が好きなのか」は、「芸術と福祉―アーティストとしての人間」/藤田治彦編/大阪大学出版会/2009年発刊に所蔵)
【自閉症とは】
 たとえば私たちが言葉も文字もわからない、しかも生活習慣も違う外国に突然一人で行ったとしたらとても不安に感じると思う。自閉症の人々はそれと同じような不安をこの社会との関わりの中で日常的に感じている。脳の中枢神経系の器質的障害で、情報の受け入れと処理に問題があり、情報の伝達をつかさどる神経物質の働きがよくないため、言葉やコミュニケーションに問題を生じる。
【映像記憶と空間認知能力】
 自閉症の人は、視覚的な手がかりで思考していることが多く、言葉以上に視覚的な伝え方による援助が有効。そして音声言語コミュニケーションがほとんどとれない人でも、並外れた映像記憶と形の認知能力を持ち、言葉や文字ではなく視覚によって思考する人たち、平面と立体を自由自在に行きできる人達がいる。テンプル・ブランディンは、実際に会うと、音声言語でのやり取りが難しく、チックもある典型的は自閉症であるが、彼女は、牧場関連施設の設計会社を経営しており、コロラド州立大学で教鞭をとる。
【この世界のかたちを知りたい】
 風景に対する優れた映像記憶とそれを再現する類いまれな表現力を認められている自閉症者がいる。・・・スティーブン・ウィルシャーは、来日した折、六本木ヒルズの屋上から短時間360度東京の街を見渡し、その記憶だけをもとにしてパノラマ絵画に仕上げた。下書きなしで、いきなり細部から描いていき、まったく描きなおしがない。その作品はヒルズに展示され、ネットでも話題になった。・・・自閉症の人に共通するのは、描くという行為の切実さである。本来わかりにくいこの世界のかたちを理解する方法であり、そこから始まって表現することの楽しみに転じたのではなかろうか。
【時間的・空間的安定性を強く求める】
 自閉症の人は物事の変化を嫌がる人がおおい。同じものが同じところにあれば安心するが、ちょっとでも違っているとパニックになることさえある。目に見えない「時間」というものにも本質的に不安を憶えている。その裏返しとして、過去の出来事を頭の中のカレンダーに張り付けて整理して、未来のカレンダーを映像として記憶しているカレンダー少年がいる。これは趣味ではなく彼らにとっては切実なことである。
【電車は最初で最大の動く三次元体験】
 乗り込めば必ず見通しの良い窓があり、ウチとソトの問題も見事にわかりやすい。定まった軌道。正確な運航。わかりやすく構造化された駅の空間・・・安定的な要素に溢れている。そして、幼児期から、細長い積み木だけを選んで、それを真っ直ぐにつなげて置いていた自閉症児には、轟音とともに眼前に現れる電車は、世界が三次元であることを鮮やかに認識させるものである。電車の「動くパースペクティブとしての三次元体験」は、最初の、そして最大のインパクトだと思う。

 イギリスの医師ローナ・ウィングは、自閉症を「スペクトラム」すなわち「連続帯」としてとらえている。自閉症に特有の認知と感覚は、障害の軽重にかかわらず、また障害者と健常者の境界を越えて存在するという。奥平さんによれば自閉症も「端的にいえば、能力の極端な偏り」であり、私たちとスペクトラムでつながっているのである。

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