コラム『令和の知をひらく』

知の洪水の中で、何を目印に生きるか。これは、ネット社会に生きる私達にとって切実な問いだ。日本経済新聞が「令和の知」として選んだ40代哲学者、作家、文化人類学者、歴史学者、脳科学者など識者7人も、この問いを共通にもっていた。

■歴史学者呉座勇一氏は、ネットを通じ情報の入手自体は簡単になったが、「正解を知りたい」という気持ちこそが危険だと感じている。ではどうすればいいのか。2つの知を上げている。◎今と異なる常識で動いていた社会を知り、今の価値観に向かって問いかけること◎社会の仕組みが変わっても変わらない部分を知ること。

■哲学者上田岳弘氏は、「膨大が情報がサーバーに蓄積されていても、世界の実相を知ることができない」「すべての因果関係は解明され、予め決まっている」という諦めの感覚をつくりだすネットの巨大な「無」に、どう抗うか、と提起し「自分は何にこだわり、何が気になっているかを自問し、そこを起点に情報を探らなくてはならい」と述べている。

■作家村田沙耶香氏は「心の奥の違和感に気づくとき、人は主体的に生きることができる」とし、上田と同様に、起点を自分に置くことを説いている。

■哲学者千葉雅也氏は、一人ひとりの性の複雑な差異に目を向けた「クィア」という言葉に着目し「人間には優劣ではなく、ただ差異があるだけであり、自分と違う欲望で生きている人間がいることをそのまま受け入れ、認めることが大切」と説く。そして「マイノリティは助けなければならない」というマジョリティの論理を裏側にもつ「ダイバーシティ」、「LGBT]と総称で一括りにしてしまう言葉は、不十分であるという認識を示す。

■多様性に注目するのは、文化人類学者の小川さやか氏だ。「科学技術の更新が早まると、個人が培った専門性の価値は不安定になる。様々な人を相手に多様な仕事の経験を積むことが「保険」になる。」と指摘する。そして、ほんの小さな貸し借りでつながれる関係性を多様性と呼び、求められれば事業の秘訣をすぐに教え、取引先も紹介する、いざとなれば誰かが力になってくれる「互酬性」に基づく贈答経済が自衛的にできていくとみている、と語っている。

■哲学者篠原雅武氏は、自然科学、人文学、アートを連携させ、人間の未来を考えようとする。地質学の時代区分「人新世」にその萌芽をみる。人間の活動が地球環境に無視できない影響を与えるようになった時期をそう仮説するそうだ。事実を客観的なデータを元に把握し提示する自然科学の成果を、人文学が受け止め、どんな行動を起こしていくか、を提示し、アートで人間の感覚に落とし込んでいく、そんな世界観だ。

■脳科学者渡辺正峰氏は、脳と機械を接続し続け、徐々に人間の意識を浸透させていく研究をしている。ある人の意識が永遠に存在するような世界を想像できるだろうか。それがネットにつながれば、機械に移された意識そのものが世界中とつながっていく。

果てしない情報の洪水の中を泳いでいく目印は、まだ見えていない。




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