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#BlackLivesMatter の暴力を社会学はどう語れるか

note投稿によせて

 このnoteは、私が様々な機会に作った習作をネットの海に放り投げることで、自己満足することを目的に作られています。
 一方で、あくまで「習作」として、自分なりにそれなりに満足する出来のものを放り投げられるようには心掛けているので、何らかのリアクションをくれるととても喜ぶかもしれません。

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 今回の記事は、私が2年生の春学期に大学で受けていた教養課程の社会学の授業、「社会Ⅰ」(小山先生)の中間レポートに一部改変を加えたものです。

 前書きはただの前置きなので、お忙しい方は、「0.事例」まで飛んでいただいて構いません

 さて、半ば日記に近い内容なので、文字を小さくしてお送りいたします。
 今年は新型コロナウイルスの世界的流行で、大学も4月の初めから構内立入禁止という状況でした(そして、現在も入構制限が敷かれています)が、私の大学は様々な方のご尽力により早々とオンライン授業の設備が整い、2回の一斉休講の後に4月中旬から8月頭まで、例年と変わらず授業を受けられることができました。(細かいオンライン授業の感想は近いうちにnoteに書こうと思います。正直に言うと、私はオンライン授業よりは対面の方が好きだと思いました。加えて、今回のレポートも図書館を自由に使えないまま書いたので、永遠にネットの海を彷徨って文献を探した覚えがあります。論文ほど専門度の高くない良き概説書は大抵図書館にあるもので、そこは辛かった…。)
 かくして、この授業も全13回(一斉休講2回を含むので、実質全11回)の講義が行われ、前半は、社会学の方法論を確立したデュルケムの「社会的事実」を出発点に、社会学の基本概念(「役割」や「社会化」など)を学ぶというものでした。さらに、後半では彼の批判者ら(ジンメルやヴェーバー、パーソンズなど)の理論を学びましたが、それはまた別のところに書くことにしましょう。
 このレポートは、授業前半で取り上げられたそれら基本概念を用いて、ある事例を取り上げて社会学的に考察せよ、という課題に対して書いたものです。この課題にはある条件が付されており、それが「社会学初修者にも分かるように説明しなければならない、すなわち『社会学の教科書』を書くように、社会学の概念を説明しつつ、ある事例を鮮やかに分析することで社会学の魅力を伝えねばならない」というものでした。というわけで、このレポートはそのつもりで書いています、実際どうかは知りませんが。
 さて、この授業は一ヵ月前まで実際に受けていたもので、未だ成績評価を頂戴していません。しかし、今回の事例が2020年5月のいわゆるBLM運動であり、時事的な話題であることから、なるべく早く公開したいという思いがありました。講義の最終回を終え、全ての課題の提出期限を過ぎるまでは待機したので、少々早い気がしますが公開します。

 以上がこのnoteの背景ですが、本稿では上述した通り、2020年のBLM運動において発生した暴力(参加者による暴動や略奪に限らず、行政が参加者に対して行う「暴力」も含む)について、社会学的に考察を行いました。以前から感じていた、「なぜ海外デモの参加者は度々暴力に奔るんだろう」という素朴な(また、偏見を含んだ)疑問について、一つの答えを出すことができたと思います。さらに、現代アメリカにおいて人種差別が現実に存在すること、その構造について、興味深い説明を付すことができました。

 原題は、「2020年の米人種差別抗議活動における暴動略奪及び秩序の社会学的検討」です。加筆修正、太線処理など、改変を行っています。

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0.事例

米の暴動、各地で広がる 黒人死亡に抗議
【シカゴ=野毛洋子】米ミネソタ州ミネアポリス市で25日に起きた警官の暴行による黒人死亡事件をきっかけに、全米各地で抗議活動が広がっている。
 ミネアポリスでは大規模な暴動が起き、28日に同州のワルツ知事が非常事態を宣言した。今週末には複数の都市で抗議デモが計画されており、暴力の連鎖に対する警戒が強まっている。ミネアポリスでは28日に2日連続で暴動が起きた。日中の平和なデモが夜になると数千人規模に膨れ上がり、白人を含む一部が暴徒と化した。警官が催涙弾を発射して沈静化に努めるなか、午後10時すぎには暴徒が警察署ビルに火を放った。近隣の店舗では略奪が相次いだ。
 ワルツ知事は29日の記者会見で「街に平和を取り戻そう。略奪や無謀な行為に終止符を」と呼びかけた。デモの現場は連日の放火や略奪で廃虚と化している。29日早朝にはCNNの記者が現場の取材中に逮捕される混乱もあった。

 抗議活動の起点となった黒人死亡事件は25日、ミネアポリス市内で起きた。地元メディアによるとジョージ・フロイドさん(46)は20ドルのにせ札を使った疑いで逮捕された。手錠をかけられ地面に横たわるフロイドさんの首に白人警官が膝を押しつけた。「息ができない」と助けを求めるフロイドさんの姿は現場に居合わせた市民がSNS(交流サイト)にビデオ投稿し、全米にショックを与えた。

 元警官の逮捕で抗議デモが沈静化するかどうかは不透明だ。トランプ米大統領は29日、ミネアポリス市長の暴動対応について「弱い」と批判し「略奪が始まれば銃撃も始まる」と強硬手段を示唆する内容をツイッターに投稿した。同ツイートに対しては米人気歌手のテイラー・スウィフトさんが「暴力による脅しだ」と批判した。
 抗議活動は今週末も各地で広がりそうだ。30日にはニューヨークやロサンゼルス、シカゴなど10以上の都市でデモが予定されている。

出典:日本経済新聞、2020年5月30日

1.はじめに

 本稿では、2020年5月25日に米ミネソタ州ミネアポリス市で起きた、白人警官による黒人男性の暴行死を発端として、全米各地、全世界に拡大している抗議活動を事例に、アメリカの人種差別抗議活動における暴動や略奪について、社会学的に検討する。これら抗議活動の多くは非暴力で行われているが、一部で参加者が暴動や略奪を起こすなど暴徒化の傾向*を見せた。トランプ米大統領は、6月1日、自らを「法と秩序」の回復者として、徹底的に取り締まる考えを示した(i)が、本稿ではまず、その対応を人種差別との関連から批判的に検討する。その後、暴動や略奪として現れた抗議活動参加者の逸脱行動について、考察を行いたい。

i. The White House, June 1, 2020, “Statement by the President.”
* 以下note編集時加筆。これらの「暴動」をBLM運動と切り離してアナーキストやテロリストによるものとする見解が存在することは存知している。しかし、全ての「暴動」をそのように捉えるのは、本事例の背景を暈してしまう恐れがあるというのが、本稿の見解である。最後まで読んでいただければわかると思うが、念のため申し上げておく。


2.「法と秩序」発言の背景

 トランプ米大統領による「法と秩序」という発言は、1968年の大統領選においてニクソン氏が用いた表現にあやかったものとされる(The Economist, 4 June 2020)。

 一般的に、暴動に対してによる秩序の回復を図るのは、国家の役割である。ホッブスは、国家に誰をも畏怖させるような権力を付すことで、人間は闘争状態から抜け出せると主張した(Hobbes, [1651] 2003=2014: 212-217)。このもとで、社会に秩序をもたらすのは大統領の職務であるから、法の行使は正当であるといえる。

 しかしここで、ニクソン氏の「法と秩序」という表現には、上記の意味での秩序の回復を目指すというものとは別に、当時公民権運動の指導者であるキング牧師が暗殺された直後で人種差別抗議活動が非常に高まったとき、暴動に対する警察権の行使白人社会の維持を示唆して保守層にアピールを行う目的があったとの指摘の存在(Pauley, 1999: 308)を考えたい。もし、当時のニクソン氏と同様に、白人保守層を支持基盤に持つトランプ米大統領が、白人社会の維持を示す意図をもって「法と秩序」という表現を用いたならば、別の観点から「秩序」の意義を考えることができる。

 秩序についてパーソンズは、社会における地位と役割の関係で考えた。個人は、他者との関係性のなかで自己の「地位」を持ち、地位に基づいて行為することで、「役割」を果たすことができる(Parsons, 1951=1974: 33-34)。続いて、地位に基づく自身の主観的な「役割期待」と、相手の反応に関する期待である「サンクション」の二概念を導入する。サンクションはいわば、相手の役割期待を自身の立場からとらえたものであるから、相互的な関係にある。すなわち、パーソンズは、複数の個人が自律的に行動する社会において秩序が生じるのは、それぞれが自らの地位を他者との関係性のなかで踏まえることで、役割期待とサンクションに相補性が生じたときであると考えた(Parsons, 1951=1974: 44-45)。

 つまり、白人の米大統領が、黒人の(ii)暴動を秩序の崩壊と捉えたのは、奴隷制以来の主人格と奴隷格の地位を暗にほのめかす、ジム=クロウ法をも想起させる人種差別の無意識な表出であった。ここでは、単に白人と黒人という人種の違いに留まらず、両者の関係性のなかに生じる《白人》《黒人》という一種の地位が存在していた。ここにおいて両者の役割は、支配される《黒人》と支配する《白人》であり、《黒人》が《白人》に柔順である限り、パーソンズの言う様な「秩序」は保たれていた。すなわち、自己への役割期待を破り、相手のサンクションを裏切った《黒人》は、秩序を回復しようとする《白人》によって公権力による暴力の対象となる。最終的に《黒人》は、刑務所に送られるか、「息ができない」という言葉を残して警官に殺害されるのである。

ii. 実際の「暴動」では参加者に白人を含んでいたことは留意する。事例参照。


3.「逸脱」の矯正と人種差別

 かくして、抗議活動についてトランプ米大統領は、これらを内乱とみなして「反乱法」を適用し、米連邦軍の導入で鎮圧すると警告していた(BBC News, 2 June 2020)。ここから、法からの逸脱は、社会統制による抑制が必要という論理が垣間見える。

 一方で、ベッカーによると「逸脱」については別の説明がなされる。彼によると、逸脱は、個人の行為の性質ではなく、社会によって規則と制裁が適用されることによって生み出されるものである。また、彼は、規則の制定や適用、「逸脱」をレイべリングする主体たる集団(iii)が社会の一部集団にすぎず、そのような社会の規則を他集団に押し付けている構図が存在すると指摘する(Becker,  [1963] 1973=1993)。

 反乱法は、1807年に「インディアンの敵対的襲撃」に対し連邦軍を出動するために制定され、公民権運動以降、1992年のロサンゼルス暴動に至るまで、白人大統領のもとで人種差別抗議活動に対して繰り返し用いられるようになった(Horton,  2020)。ここでベッカーの図式を踏まえてそれぞれの行為主体を考えると、人種差別抗議活動を内乱とみなす規則が《白人》社会のなかで構築され、規則を適用し、かつアウトサイダーのレイべリングを行う大統領もまた、先に見た様に《白人》であったことが明らかとなる。そして、このように、人種差別的に「逸脱」とレイべリングされる《黒人》は、またもや刑務所に送られるのである。

iii. 規範の制定や適用、レイべリングの行為主体は、それぞれ複数別個に存在する可能性もある。

 そして、この「刑務所」が、《白人》社会の維持に欠かせないシステムとして働いている。本来刑務所は、「逸脱」を矯正する施設である。コンラッドによると、「逸脱」の捉え方は、大きく医学モデル社会モデルで整理される。すなわち、逸脱を個人の「病」と捉えて治療を試みるモデルと、逸脱を個人の視点では価値中立的に捉えながら(Conrad, 1992=2003: 59-60, 67)、社会にその原因を求めるモデル(市野川、2012: 88-89)である。多くの刑務所は、個人に帰責される「罪」を犯した個人を収容し、個人を強制する施設として、前者の医学モデルを採用している。すると、アメリカの刑務所も例に漏れず、《白人》社会からの逸脱を矯正する施設であるということができる。

 実際、アメリカ刑務所は、政治家の仲介で民間企業が参入して「産獄複合体」を形成することで、福利厚生不要で労働組合にも加入しない安価な労働力供給の施設となっているという指摘がある(上杉、2011: 5)。そして、図1に示した通り、統計上、人種が黒人である人々は、人種が白人である人々の4~6倍、刑務所に入りやすい。この背景として、貧富の格差など、《白人》社会における様々な構造的人種差別の存在が挙げられよう。かくして、アメリカの刑務所は、産獄複合体を形成することで、いわば現代の「奴隷農場」として存在するのである。

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図 1:アメリカにおける男性10万人当たりの収監人口
(人口統計におけるグループ別※)

※ただし、Whiteにはヒスパニックを含まない、アメリカ合衆国国勢調査局の区分に基づく。
出所:“Prisoners in 2018,” U.S. Bureau of Justice Statistics.


4.人種差別の招く破壊活動

 ここまで、暴動と略奪に対する批判における人種差別を背景とする構造について論じてきた。では、なぜアメリカにおける人種差別の抗議活動の参加者は、自らが人種差別の構造のなかで「矯正」される結末が待っているのにも関わらず、暴力や略奪といった破壊活動に奔ったのだろうか。何がそのような逸脱行動をもたらしたのだろうか。

 マートンは逸脱について、「文化」に着目することで、先述のベッカーとは異なる分析を行っている。まず彼は、逸脱が人間の社会統制の失敗であると断定するのは尚早であると指摘する(Merton, 1957=1961: 121)。つまり、逸脱は、個人が社会の一員となるプロセス、すなわち社会化が失敗することで起こるのではなく、むしろ社会化が起こった結果として起こるものであるという。そこで彼は、この一見矛盾的ともいえる逸脱のメカニズムを説明すべくその過程に着目した結果、社会構造の二つの構成要素があまり統合されていない状態によって、逸脱が起こっているのであると主張した。すなわち、社会化の過程で個人に内面化された文化的目標の達成に、社会が個人に許容した制度的手段では不十分であるとき、社会化された個人が目標の達成を図るべく、許容されていない手段を行使すること、これが「逸脱」の権現なのであると説明した(Merton, 1957=1961: 125-126)。

 アメリカでは公民権運動を契機として、特に教育現場において、差別の是正多文化教育、特に多様な人種や民族にとって公正な社会的判断力を養う教育が行われるようになっている(川﨑、 2012)。バーガーは、一般にこのような社会化の過程において、知識の習得、内在化による、自己と社会の同一化があると指摘する(Berger, 1967=1979: 4-5, 23)。つまり、人種を超えたアイデンティティとしての「アメリカ人」への同一化を促すために、新たな合衆国市民たる児童に対して多文化主義を内在化してもらう必要があり、実際にアメリカの教育現場ではそれらが行われているのである。

 しかし、現実に存在する人種差別によって、黒人が行使することができる人種差別を是正する手段、特に政治的手段は、白人のそれに劣る。これは、公民権運動後も非白人大統領が2009年のオバマ氏まで登場しなかったこと、そして現大統領が白人保守層を支持基盤とするトランプ氏であることから明らかである。また、多くの州で採用されている罪過による投票権の剥奪という制度は、先述した収監人口における白人と非白人の不均衡によって、非白人から投票権を剥奪するシステムとして働いているという指摘がある(倉田、 2007)。さらに、事例に挙げられた警官による黒人暴行死事件から、公権力に人種差別が現存していることも推察される。

 以上を踏まえると、現代アメリカでは、「多文化主義」、もとい「人種差別の撤廃」という目標が内面化されていながらも、それを達成するための平和的議論を奪われた黒人が今もなお存在している。つまり、アメリカの人種差別抗議活動における暴動や略奪は、「多文化主義」という文化的目標を達成するために、民主主義に基づく平和的議論を行うこと手段を人種差別のうちに奪われた人びとによる、悲痛な叫び声であると分析することができるのである。

5.参考文献

Becker, H., 1963→1973=1993, 『アウトサイダーズ』、新泉社

Berger, Peter, 1967=1979,薗田稔訳『聖なる天蓋』、新曜社

Conrad, P., and Schneider, J. W., 1992=2003, 『逸脱と医療化』、ミネルヴァ書房

Hobbes, T., [1651] 2003=2014, 『リヴァイアサン1』、光文社

Merton, R. K., 1957=1961, 『社会理論と社会構造』、みすず書房

Parsons, T., 1951=1974, 『社会体系論』、青木書店

以上はいわゆる「古典」なので、リンクは貼りません。

市野川容孝,2012,『社会学』、岩波書店

Pauley, G., 1999, “The modern presidency and civil rights rhetoric: Presidential discourse on race from Roosevelt to Nixon,” The Pennsylvania state university the graduate school department of speech communication doctoral dissertations.

※上記のリンクは博士論文ですが、書籍化されていました。

上杉忍、2011、「アメリカ合衆国における産獄複合体(Prison Industrial Complex)の歴史的起源 : 南部の囚人貸出性・チェインギャング制のメカニズム」、『北海学園大学人文論集』、-(50): 1-22.

川﨑誠司、2012、「アメリカにおける多文化教育の理論と実践」、『社会科教育研究』、2012(116): 13-24.

倉田玲、2007、「受刑者等の選挙権と合衆国の連邦制度(上)」、『立命館法學』、2007(4): 1006-1077.

The United States Bureau of Justice Statistics, 2020, “Prisoners In 2018.” 

Horton, J., 2020, “George Floyd: Can President Trump deploy the military?."

The White House, June 1, 2020, “Statement by the President.”

BBC News, June 2, 2020, “George Floyd death: Trump threatens to send in army to end unrest."

The Economist, June 4, 2020, “Far worse than Nixon.”

日本経済新聞、2020年5月30日、「米の暴動、各地で広がる 黒人死亡に抗議」

2020年度Sセメスター「社会Ⅰ」(小山先生)講義ノート




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