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VANから始める方向性『ファッションセンターいまさら』その② 

VANから始める方向性


前の前の職場に、最近はすっかり見かけなくなった帝国陸軍の軍人タイプの上司がいた。年齢はオレより2つ3つ上だったと思う。
昨今のパワハラ上司と違い、怒鳴るわけでもないが、人に厳しく自分にも厳しいというオーラを纏い、現れるだけでその場の空気がかわる人。
誰もが気軽に話しかけられるわけもなく、自然と敬語でお伺いを立ててしまうような人物だった。
ある日の仕事終わり、私服に着替えてエレベーターに乗ると途中の階から件の上司が乗ってきた。普段の作業着にジャンパー姿ではなく、キャップに紺のジャンパー、ブラックウォッチ柄のスラックスだった。
エレベーターには他にも同僚が乗っていたが、例のごとく仕事終わりの穏やかな空気がシンとなった。
私服でも無言でオーラを放ちながら乗り込んできた上司はオレの前で背中を向けエレベーターの扉側を向いた。

その背中にデカデカと見えたのがVANのバックプリントロゴだった。

「あ、VANじゃないっすか。」
目の前にいきなり迫ってきたロゴを思わず口走ってしまった。
「おお、わかるか?」
わかるもなにもこんなデカデカと書いてあれば誰でもわかるw
しかし驚いたのはその時の嬉しそうな驚いた顔だった。おまけに振り向いたその頭のキャップにもVANのロゴが浮かんでいた。
「VANってまだ作ってんすか?」
「馬鹿。まだあるよ。俺は名古屋のショップで買ってるわ。」
この日を境にオレがいると何かと話しかけてくれるようになった。
周りの連中はよく普通に話ができるなと驚いていた。
オレが職場を去るときはVANのソックスを3足プレゼントしてくれた。
あとで知ったが、たかが靴下と思っていたが1足2千円だった。

立場上人と距離を置かなくてはならない場合もある。馴れ合いはしない孤高の人が性に合ってる場合もある。けれど愛情の反対語は無関心というわけでもないが、よく聞くのが女性が髪を切ったりパーマかけても誰も反応してくれないとかってのがある。ファッションが自己主張であるなら、件の上司はVANにこだわりを持っていたんだと思う。でも誰も反応しなかっただけで、オレだってVANって書いてなきゃなんの反応も示さない。けどこれみよがしに書いてあっても今まで誰も反応しなかったんだと思うと少し寂しいなって思うし、反応しちゃったオレが嬉しかったんだろうなと思う。

前回の記事でヤフオクで落としそびれたWAY-OUTのセーター。
当時のオレの唯一のブランド物で一張羅だったが、そんなに出番もなく、気がついたら何処にいったかわからない。悲しいアイビーの思い出だ。
そんなオレがこのセーターをきっかけに、いまさらおしゃれを目指す。

ここで問題なのは方向性である。

アイビーファッションはもともと大学生のファッションで、今でもアイビーなんて方の写真を見ると、ブレザー系はともかくとしても加齢とともにちょっと無理がある気がする。メンクラの阿部寛と同い年だけど顔やスタイル、造作が違いすぎるので同じカッコしても痛いのは目に見えてる。
そこで思い出したのが件の上司の後ろ姿とVANだ。

『for the young and the young-at-heart』


昔から定番のアーチロゴに使われるコピーだが、まさにその通り。
VANの創業者石津謙介氏は日本にアイビールックを取り入れ、ファッションの流れを変えた、むしろ創った人である。
トレーナーやスタジャン等、今では当たり前の名前を考案した人。
そしてなにより今でも愛用者の多いオヤジジャンパーとして名高い
『スイングトップジャケット』
定番のジャケットだけどあなどれない逸品。
まずはここから始めてみようと思った。

しかし、それがヲタクなオレの失敗でもあった。

次回に続く

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