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5月6日 脳に違うものを入れる

昨日は夕方1時間の散歩で、1万歩ちょっと。

そして、今日も歩くことに努め、1万7千歩超え。

このところ、連勤だったし、職場は休みでも展覧会を見に行ったりで、まとまった時間を自由に使えることがなかったので、充実の2日間。


養老孟司先生が、先般テレビの中でも「目は1割ほどしか見ていない。8割~9割が脳が見たい映像を見たいようにみている」といった趣旨(と勝手に私が聞いていた)の言葉には、作品鑑賞の在り方についていろいろ考えさせられたが、今回そのテレビで「同じ主題・対象ばかり考えているのではなく、意図的に脳に違うものを入れる」(と、これも勝手に私が聞き取った)とおっしゃっていたのに、妙に納得し、その手っ取り早い方法として、視覚に頼らず聴覚から得る情報に意識を向けてみたり、あえて身体全般を稼働させての情報収集、または意図的な遮断=散歩をしよう!と思っていたのだが、ほんとにこれだけ歩くと頭がリフレッシュされる。


ちなみに今日、そこまで歩数を稼いだのは、3局面での散歩ゆえ。

まずは総社吉備路文化館での「版表現は時空を超える」という展示、そして何よりレンゲの咲き誇る吉備路散歩から。

写真は、レンゲ畑の向こうの備中国分寺の五重塔。

この前の県営駐車場に車をおき(ちなみに我が家から30分ほどの近さ)、幼稚園生が幸せそうに遊びまわったり、小学生が郷土の学習に励んでいたりする中を、およそ往復2KMほどを、奥さんとのんびり歩く。

例年なら、GWは、このレンゲ畑を主役にしたレンゲ祭りで賑わうところだが、今年はお祭りは無し。

それでもおそらくGW中は相応の人出と想定して、今日の散策場所に選んだのだが、見事正解。

美しい景色をぞんぶんに楽しませていただきました。


続いて、ここから奥さん(家)の買い物のためイオン倉敷へ。

私にとってのイオンは、グルグルグルグルと散策する場所。

それにこちらもGW空けなので、空いているので安心の小一時間の散策。


そして家に帰ってから、また近隣の散歩。

歩数は相応に稼いでいたので、昨日の田園コースとは異なり、丘陵地帯コースを選択。


家に帰って、そのまま風呂場に直行したが、このバスタブの中で、頭が稼働する~稼働する。

特に、この半年ほど、落合陽一さんと伊藤亜紗さんの著作に刺激を受け、目の前の職場の運営のレベルから、アートを廻る問題について、いろいろと整理がついたり、今まで自分で気づいていなかった領域へと考えを拡げるきっかけをいただいているのだが、それら一見、脈絡のないそれぞれがそれぞれを理解するのに私の中ではとても役立っていた段階から、もしかしたら脈絡がつながって、自分なりの問題系があらためてはっきりしてきた感じ。

少なくとも、この1年は、ともかく目の前の窮状をなんとかすることに全力集中だったが、そうした中で、新し鑑賞の在り方や、ぬかの皆さんとの一連の出来事

に、自分の関心がかなり引っ張られ、そして開拓されたことは自覚していたが、そうしたことをひっくるめて、違ったアプローチから考えられる余白が生まれた感じ。

散歩 ありがとう。いや、その後の風呂か?

それと共に、こうした一見脈絡のないものが、それぞれを理解するのに相互に役立つだけではなくて、どこかで自分が求め呼んでいるのだよね、という感じもありの春の夕暮れ。

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