見出し画像

【人怖】不審者

私が中学2年生の頃のお話です。

5人兄弟だった私は、かなりぼんやり生きていた子どもでした。

自分が相貌失認症ということにもまだ気付かず、なんとなく(私はみんなより物覚えが悪いんだな……。)と思っていました。 

引っ越しが多かったこともあり、場所が変わる度にその土地の新しい人について覚えることに一苦労していたあの頃。

(きっと、脳の顔を覚えるところがもういっぱいで、新しい顔は容量オーバーで入らないんだな。)と考えていたことを覚えています。

とはいえ、日常生活は問題なく送れていましたし、人の顔を認識できないのは些細なことでした。

「ねえ、みおちゃんってお兄ちゃんいる?」

それが、些細なことでは無くなった時期があります。それは中学2年生の秋のことです。

突然そんな風に、あんまり親しくないクラスメイトや他クラスの人に聞かれることが多くなりました。
「いるよ。」と答えると、「みおちゃんのお兄ちゃん、朝早く自転車に乗ってない?」とか、「夜遅くに☓☓公園で自転車乗ってた?」とか、兄のことをやたらと聞かれるので、地味にストレスでした。

「朝も夜も家にいるから、人違いだと思うよ。」と返していましたが……今思うとこれ、明らかにおかしいですよね。

どうして他クラスの見知らぬ人まで、その自転車に乗る人物を私の兄だと思ったのか……そこを突っ込むこともせず疑問にも感じていなかった私は、やはり相当ぼんやり生きていたのだと思います。ただただ、突然見知らぬ人から話しかけられるストレスと戦うだけだったのです。

さて、話は変わりますが当時私は吹奏楽部に所属していました。

たまたまマーチングバンドに強い学校に1年間いたことがあったので、そこでアルトホルンを吹いた経験が活かされ、次の学校ではホルン吹きとして重宝されていました。

吹奏楽の強豪校だったので、朝練から始まり土日は1日練習で潰れ……。令和の時代には考えられない夜練もよくありました。大変でしたがこの時期があったおかげで、今もなんとなくホルンを続けています。

そんなホルン漬けの日々を送っていた、ある日の土曜日。

いつものように朝練があり、その後は金管楽器のみ個人練習でした。パートが同じでも一人ひとり間隔を空けて、各々楽譜に向かいます。私も家庭科室で1人、改めて自分の音を確認していました。

(そういえば、最近学校に不審者が出るんだっけ……。)
何故か唐突に、脳裏に担任の言葉が浮かびました。

「皆さん噂で聞いたことがあるかもしれませんが、一ヶ月ほど前から、学校内に写真を貼り付けて立ち去る不審者が出ています。十分に気をつけてください。」

写真。

どんな写真だったんだろう。

そう思った瞬間。


ガタッ!!!

と、掃除用具を入れるロッカーが鳴りました。
驚いて思わずそっちを見た時です。

リリリリ……リリリリ……

今度は、家庭科室にあるロッカーとは正反対に位置する内線電話が鳴りました。
立て続けに鳴った2つの音に、心臓がドキドキしながらも、受話器に手をかけます。
今までも、たまに顧問が内線電話で部員を招集することがあったので、それかなと思いました。

「はい、もしもし。」

私が言うと、聞こえてきたのは副顧問の声でした。副顧問はホルン吹きで、その日も向かいの棟でホルンを吹いていました。
電話をしながら窓から向かいの棟に視線をやると、副顧問がこちらを見ながら電話をかけている姿が見えます。
目が、合いました。

「ホルンだけ持って、すぐにこちらに来てください。さっきの朝練の振り返りをしましょう。楽譜はこちらにありますから、そのまますぐに向かってください。」

私は了承して受話器を置き、すぐに向かいの棟へ歩き出します。
(朝練で、なんかまずいことしたかなぁ。)
副顧問はジャムおじさんみたいに温和な顔をしていながら厳しい指導をする人だったので、戦々恐々としながら歩きました。

向かいの棟に着いた時。

副顧問が、慌てた様子で私の手を引き、そのまま職員室に向かって走り出しました。

「走って!」

お互いにホルンを脇に抱えたまま、わけの分からぬまま副顧問の言う通りにします。
「何かあったんですか?」
私が言うと、副顧問は言いました。



「あなたの後ろに、不審者がいたの。」

その後はみんなが職員室に集まり、警察が来て……一騒動だったことを鮮明に覚えています。
後から聞いた話では、私が置いて出た譜面台に置かれた楽譜に、写真が1枚貼られていたそうです。どんな写真だったかは、教えてもらえませんでした。もちろんその楽譜は気味が悪くて使えず、1からコピーし直しました。

翌週の金曜日。

突然担任から放課後、職員室に呼び出された私は、又しても戦々恐々として向かいました。
(あの不審者のことかな……あの日のこと、聞かれてもほんとに何にもわからないんだけど。)
職員室には担任と、警察官がいました。
案の定あの日の話か……と察した私に、担任が言いました。

「あなたの体操服は、ちゃんとありますか?」

予想外の問いに、思わず「え?」と聞き返します。
その後警察官から聞いた話では。
最近不審な動きをしていた者に職務質問をしたところ、自宅から大量の盗まれた体操服が見つかったとのこと。

その時犯人が着ていた体操服に、私の名字の書かれたゼッケンが縫い付けられていたのだとか。
私の名字は珍しい名字だったので、犯人は大層気に入って、毎日着ては自転車に乗り朝晩ウロウロしていたのだそうです。

そこで、ようやく合点がいきました。

犯人は男だったので、体操服を着てウロウロしているところを見た人が、そのゼッケンの珍しい名字を見て私を連想して、「みおちゃんのお兄ちゃんかな?」と思ったんだな、と。

このお話の恐ろしいところは、世の中には人が思いもよらない変態が存在する、と、いうことと……体操服が盗まれていたことに、一切気付いていなかった自分、ですね。
いや、2着あったし。
なんなら兄弟からのお下がりもあったし。
それにしても、やっぱりぼんやり生きていたあの頃の私には、しっかりしろと言いたいです。

これは私の実話です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?