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河口の中洲は宝の山―汽水性ゴミムシを探そう―

はじめに

 汽水性ゴミムシ類という虫がいる。いわゆるゴミムシ類は、オサムシ科に属する地上徘徊性の甲虫で、あらゆる環境に多様な種が生息しているが、その中で、汽水性ゴミムシは、河川の河口近くに生息環境を見出したゴミムシ類である。そのような特異なニッチを利用する生態のため、開発によって生息環境が消失しやすく、都道府県レベルで絶滅危惧種に指定されていることが多い。

2023年4月現在、神奈川県では汽水性ゴミムシ類として、
キバナガミズギワゴミムシArmatocillenus yokohamae
カワグチミズギワゴミムシBembidion aureofuscum
ハマベミズギワゴミムシBembidion semiluitum
の3種が知られている。神奈川ではいずれも希少とされ、キバナガとハマベは神奈川県レッドデータで準絶滅危惧、カワグチは絶滅危惧II類に指定されている。神奈川県でこれら3種の生息環境が分かるような記録がほとんどなかったのだが、私が近年調査した結果、3種の多産地を発見することができた。「河口に生息」とよく言われるが、実際はそう単純ではないのだ。希少種の保全の観点でも有用な知見が得られたと思うので、ここに紹介する。

キバナガミズギワゴミムシとの邂逅

私は2016年からゴミムシ屋として虫屋生活を始めたので、汽水性種には当然興味を持っていた。とりあえず河口近辺に行けば簡単に見つかるのではないかと安易に考えて、相模川河口左岸にある狭小なヨシ原を冬季に調べたことがあるが、これが全く見つからない。水際の石をひっくり返しても、出てくるのはせいぜいトビムシ類ばかりで、ゴミムシどころか昆虫の気配が皆無な環境だった。

ところが、相模川のシジミガムシ類の調査(上記リンク参照)のため、下流域の中洲に入ったところ、期せずしてキバナガミズギワゴミムシの多産地を見つけたのである。

図1. キバナガミズギワゴミムシの生息地(相模川)

季節は冬だが、上写真のような中洲の水際の礫をガサガサと攪乱すると、越冬中のキバナガミズギワゴミムシが多数水面に浮かび上がってきた(下写真)。

図2. キバナガミズギワゴミムシ
礫を攪乱して浮き上がってきた個体。

とにかく個体数が尋常でなく、礫の攪乱を続けると際限なく浮いてくる状態だった。そのとき驚いたのは、その地点が河口から4 km以上も離れていたことである。こんな所に汽水性のゴミムシが生息していたのかと。後日調べたところ、相模川は河口から何と6 kmほど上流まで感潮域(海水の影響を受ける水域)が広がっているらしい。汽水の環境というと、河口のすぐ近くの干潟のような場所を想像しがちだが、水深が深く規模が大きい河川の場合、海水は意外と上流まで入り込むのだ。また、キバナガが出てきたのは、ヨシ原のような場所よりも、むしろ、単に砂礫が溜まっている水際だった。これらは盲点だった。

多産するキバナガとハマベ

上記キバナガの発見を機に、相模川の感潮域を調べたところ、河口から4~5 kmくらいの地点の水際では、キバナガミズギワゴミムシハマベミズギワゴミムシの2種が極めて高密度に生息していることが分かった。上記の通り、冬季には水際の礫の下からキバナガが大量に見つかる。また、6月の夜間に同地を感潮域を訪れると、おびただしい個体数のキバナガとハマベが活発に動き回っているのが観察できた(下写真)。

図3. キバナガミズギワゴミムシ
6月の夜間に活動中の個体。
図4. ハマベミズギワゴミムシ
6月の夜間に活動中の個体。

2種は両方とも感潮域の水際に近い所で見られたが、いる環境が微妙に異なる。ハマベはヨシがたくさん生えている場所でよく見られたが、キバナガは、明らかに植物が少ない砂礫地の方が多かった(下写真)。何か、食性の違いに起因するのだろうか?

図5. キバナガとハマベの生息地(相模川)
夜間に撮影したので分かりにくいが、このような場所だと、ハマベは右側のヨシの根元のみに見られ、キバナガは左の砂礫地に多い。

また、上記キバナガとハマベが多産するのは、あくまで河口から4~5 km付近の感潮域に限られており、河口に近すぎるとダメなのである。河口から1.5 km付近の場所も調べたが、そこはほとんど海岸の砂浜のような環境で、汽水性種はまったく見られなかった(下写真)。

図6. 河口から1.5 km付近(相模川)
感潮域だが汽水性種はいない。背後の草地には地上性の普通種が生息。

カワグチミズギワゴミムシの発見

上記相模川感潮域の調査では、より希少なカワグチミズギワゴミムシ(下写真)の多産地も発見できた。

図7. カワグチミズギワゴミムシ

キバナガ同様、水際の砂礫を攪拌したら越冬中の個体が出てきたのだが、出てきた環境がキバナガとは微妙に異なる。カワグチの場合、やや乾いた小石が積みあがったような場所のみで見られた(下写真)。

図8. カワグチミズギワゴミムシの生息地①
図9. カワグチミズギワゴミムシの生息地②
この場所は中洲なので、ここに到達するにはそれなりの労力を要する。

上写真のような砂礫を崩すとカワグチが大量に出てきたので、個体数が少ないわけではないのだが、他の場所ではほとんど出てこないため、本種はとにかく環境を選ぶようである。

酒匂川でも2種の多産地を発見

その後追加調査を行い、小田原市の酒匂川でもキバナガとカワグチの生息を確認している。河口近くの両岸にある狭小なヨシ原を調べても汽水性種は見つからなかったため、酒匂川にはいないのかと思ったが、もしやと思いつき、中洲に渡って調べたところ、2種の多産地を発見した。キバナガは、水際の砂礫の下から容易に見つかったが、興味深いのはカワグチである。やはり相模川同様、やや乾いた小石が積みあがったような場所のみから、越冬個体が大量に見つかったのである(下写真)。この環境へのこだわり(少なくとも越冬時の)は相当強いらしい。

図10. 酒匂川におけるカワグチミズギワゴミムシの生息地
図11. 酒匂川のカワグチミズギワゴミムシ
礫の下にいた越冬個体。

また、酒匂川でキバナガとカワグチが見つかった場所は、河口から400 m付近の非常に狭い範囲に限られた。推測だが、酒匂川は相模川と比較すると規模が小さく、河口付近の水深も浅い(おそらく深い所でも2 mくらい?)ため、海水が入り込める範囲も狭いのだろう。

おわりに

希少と言われていた汽水性ミズギワゴミムシ類だが、上記の調査の通り、ちゃんと探せば見つかるのである。それも、いる場所には非常に多くの個体数がいる。いずれの種も、わずかでも環境が残っていれば、そこでしぶとく生き残るたくましさが感じられた。とにかく重要なのは、河川の感潮域に、護岸のない自然な水際の環境を残すことであろう。Google Mapの航空写真を眺めてみると分かるが、河川の河口付近で、たとえ護岸の内側であっても、自然な水際が残っている場所はほとんどないのである。河口近くの下流域は、周辺の低地に住宅地が広がっているのが普通のため、治水のための護岸整備は当然必要であるが、せめて、護岸の内側にこのような環境を残せないだろうか。平塚市馬入にある相模川の感潮域エコトーンは意図的に残されたもののようで、ここを残した政策判断は称賛すべきものであろう。

余談ながら、在野の甲虫研究の大家であった故平野幸彦氏は、「神奈川昆虫誌2018」で、カワグチミズギワゴミムシは神奈川では絶滅した可能性が高いと書いていた。その後、小田原市内の海岸で漂着個体が発見され、私が相模川と酒匂川で多産地を発見するに至った。酒匂川で見つけた生息地は、故平野氏のご自宅からわずか3 kmほどの場所である。さすがの平野氏も、川の中洲に渡ってまで調査はしなかったのだろう。生前にご報告して、目を丸くして驚く顔が見たかった。

※本稿の詳細については、以下を参照されたい:
齋藤孝明, 2022. 相模川と多摩川の感潮域に生息する汽水性ミズギワゴミムシ2種. 神奈川虫報, (206): 12-16.
齋藤孝明, 2022. 相模川と多摩川でハマベミズギワゴミムシを採集. 神奈川虫報, (208): 96.
齋藤孝明, 2023. 酒匂川の感潮域で採集した汽水性ミズギワゴミムシ2種. 神奈川虫報, (209): 45--46.

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