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小蛾類の展翅法

はじめに

 昨今の昆虫界において蛾類愛好家は意外と多いが、いわゆる小蛾類(ミクロレピ)とよばれる小型種の愛好家は依然として少数派である。小蛾類は、小型ながら、金属光沢や豊かな色彩を持つ美麗種が多い。

キンモンホソガ亜科の一種 2022年4月 山梨県北杜市
前翅長は5 mmに満たない。
カザリバガ科の一種 2023年4月 神奈川県厚木市
夜、ユズリハの葉上によくとまっていた。写真では分かりにくいが、胸部背面に虹光沢がある。未記載種かも。
クロコマイコガ 2023年10月 神奈川県開成町
河川敷のネナシカズラ群落周辺を多くの個体がチラチラ飛んでいた。前翅に強い金属光沢のある鱗片がある。

小蛾類では、生態も未解明の種が多いため、コレクションの対象としてのみならず研究対象としても魅力的な分類群と思われるが、標本作成と種同定の困難さが敷居を高くしている。小蛾類の展翅法に関しては、過去にいくつか解説が出ているが、小蛾類専用の展翅板を用いるのが前提となっている。開帳がわずか数ミリの小型種の展翅は、双眼実体顕微鏡下で行いたいところであるが、専用の展翅板を用いると、顕微鏡下で自由に向きを変えて作業を行うのが困難である。また、小蛾類潜葉の展翅板自体、入手が難しい。

私は、小蛾類の簡易な展翅法を検討し、発泡スチロールで簡単に作成した展翅板を用いることで、顕微鏡下で展翅する方法を考案した。筆者流の展翅法を紹介する。以下、写真を見れば何をやっているかは分かると思うので、簡単な説明に留めた。詳細を知りたい方は、以下の報文を参照されたい(ご連絡いただければPDF送ります)。

齋藤孝明, 2023. 発泡スチロール製簡易展翅板を用いた小蛾類の展翅法. 神奈川虫報, (211): 5-9.

必要な道具

下写真に示したような道具を自作する。a, bは、小蛾類用の微針を竹串に付けた柄付き針。cは、微針ホルダー(後述)。d, eは、豚毛を昆虫針に接着した翅押さえ針。豚毛は、百円ショップに売っている絵筆の毛を用いればよい。

ポリフォームにワックスペーパーを貼った針刺し台も用意する(下写真)。ワックスペーパーも百円ショップで入手可。別にミッフィー柄でなくてもよい。

発泡スチロールをカッターで下写真のように細工して、これを展翅板とする。

手順

最初に蛾をアンモニア水で殺虫するのだが、ここで、完全に殺さないのがポイントである。気絶して脚を痙攣している程度のタイミングで、蛾を針刺し台に落とす(下写真)。

上写真のように、たいてい裏返しになるので、柄付き針を脚に引っかけて正立させる(下写真)。

このとき、蛾が気絶しているだけの場合、脚を広げて自力で姿勢を立て直そうとするので、都合がよいのである。既に死亡していると、脚が屈曲したまま固まってしまい、正立させるのに苦労するはめになる。微針ホルダーに微針を挿し込んで着脱式の柄付き針とし、上写真の状態の蛾の胸部に微針を垂直に刺す(下写真)。

ホソガのような細長い形態の蛾の場合、この針刺しが最大の難関なのである。針さえさせれば、展翅しなくても、とりあえず標本化はできる。蛾がまだ生きている場合、後方から軽く息を吹きかけると、翅が簡単に広がる(下写真)。

上写真のような翅が広がった状態で、展翅板に慎重に刺していく(下写真)。

柄付き針で翅の位置を調整し、翅押さえ針で翅を押さえる(下写真)。そして、このままの状態で乾燥させる(展翅テープは使わない)。

上記のように、最初から翅が都合よく広がらない場合、翅押さえ針を用いて翅の基部を軽く押さえ、その状態で柄付き針を用いて慎重に翅を前方に引き出す(下写真)。

作成例

展翅テープを用いなくても、以下の写真に示した程度の標本は作成できる。展翅テープを用いると、どうしても鱗片の脱落を避けられず、小蛾類の場合、少しの脱落でも影響が大きいので、この方法を採用するに至った。

フジホソガ 2023年10月 神奈川県厚木市産 開張8 mm.
クロコマイコガ 2023年10月 神奈川県開成町産 開張9.5 mm.
ツタホソガ 2023年6月 神奈川県厚木市産 開張6.5 mm.
コハモグリガ亜科の一種 2023年10月 神奈川県厚木市産.
ヘクソカズラに潜る幼虫を羽化させた。

上写真のようなコハモグリガ亜科の種は、開張5 mmに満たない超絶微小種が多い。ここまで小さいと、展翅以前の問題として、胸部に微針を刺すと、翅が動かなくなってしまうことが多い。まあ、針さえ刺せればよいのではないだろうか。

おわりに

今回紹介した方法では、標本1頭ごと個別に展翅板を用いるため、顕微鏡下で自由に向きを変えながら作業ができる利点がある。また、小蛾類に限らず、大型の蛾でも、同様に発砲スチロールで蛾の大きさに合わせて簡易に展翅板を作り、展翅テープを用いて展翅するのもアリなのではないだろうか。これをたたき台に適宜工夫されたい。

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