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原始的鱗翅類 コバネガ

鱗翅目(チョウ目)は、昆虫の中でチョウや蛾を含む巨大な分類群であるが、その中で、コバネガ科という原始的な仲間がいる。一般に、チョウや蛾の成虫は、花の蜜や樹液などを吸うためのストロー型の口器を持っているが、コバネガの成虫にはそれがない。また、コバネガの幼虫は、他の鱗翅目の幼虫が目もくれないジャゴケ類を食べることで知られている。成虫の発生時期は短く、時期は種によって異なるが、春先から初夏にかけて、1か月足らずの期間しか見られないようである。

幼虫が食べるジャゴケは特に珍しいものではなく、丘陵地や山地の沢沿いで、湿った崖の壁面に広がっている群落がよく見つかる。なので、沢で流水性昆虫を探索する時などに、ジャゴケ群落を見つけたらコバネガの幼虫もよく探していたが、まったく見つけられなかった。

2023年5月初旬、神奈川県内の山地に家族でキャンプに行った時、登山道脇のジャゴケ群落で、ついにコバネガの成虫を見つけることができた。前翅長が数ミリしかない微小種だが、翅には金属光沢があり、大変美麗である。

ジャゴケ群落で見つかったコバネガ成虫①
ジャゴケ群落で見つかったコバネガ成虫②
ジャゴケ群落で見つかったコバネガ成虫③
ジャゴケ群落で見つかったコバネガ成虫④

これらの成虫が見られた場所は、以下のようなジャゴケの群落である。成虫の飛翔能力は低く、多くの個体が群落のごく近傍をチラチラと飛んでいるだけだった。

コバネガが見られたジャゴケ群落①
コバネガが見られたジャゴケ群落②
登山道脇のこんな小規模な群落でも成虫が見つかった。

ジャゴケは、拡大して見るとこんな感じ。幼虫の食痕も探せばよかった。

ジャゴケ拡大

種同定が少々難しく、オスの交尾器の形態を見る必要がある。標本を作成し、交尾器を顕微鏡で観察した。コバネガは、ありがたいことに交尾器が露出しているので、解剖は不要である。

展翅標本♂ 開張10.5 mm.
オス交尾器を背面から撮影

交尾器の形状から、マツムラヒロコバネNeomicropteryx matsumurana Issiki, 1931と同定した。関東から近畿地方に広く生息する種のようだが、関東からの記録は非常に少ない。神奈川県初記録!

齋藤孝明, 2023. 南足柄市でマツムラヒロコバネを採集. 神奈川虫報, (210): 69-70.

せっかくなので原始的な形態を堪能する。触角はこんな感じ。普通の蛾では触角も鱗片で覆われているが、コバネガでは節の構造が目立ち、毛が生えている。

触角部分を拡大
標本にすると触角が恐ろしく脆く、容易に折れてしまう。

腹側から観察。ストロー型の口器は確かに見当たらない。

頭部を腹側から観察

以上、神奈川初採集のコバネガ科。前述したように、今回採集したマツムラヒロコバネは、関東から近畿地方にかけて分布する種である。コバネガ科は飛翔能力が低いため、地理的な隔離で種分化が駆動されたらしく、日本では、現在20種を超えるコバネガが各地に局所的に分布しているようである。国内の昆虫で、このように地理的隔離で多様に種分化しているのは西日本の虫の方が多く、関東在住の身としてはつまらなく思っていたが、コバネガ科は東日本でも種分化がよく起きており、2018年には、東北地方4県(青森・秋田・岩手・山形)と中部地方の赤石山脈で新種が見つかっているらしい(下記文献)。

Y. Imada & M. Kato, 2018. Descriptions of new species of Issikiomartyria (Lepidoptera, Micropterigidae) and a new genus Melinopteryx gen. n. with two new species from Japan. Zoosystematics and Evolution, 94(2): 211-235.

個人的に気になるのは、カズサヒロコバネNeomicropteryx kazusana Hashimoto, 1992である。この種は、何と千葉県の房総丘陵固有種らしい。

千葉県の房総丘陵って、地史的にそれほど隔離されていただろうか?「千葉県固有種」というのがどうも納得しがたく、本気で探せば神奈川県でも見つかるのではないだろうかと考えている。

コバネガ探索は続く。


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