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ヒルガオハモグリガの謎―身近な小蛾類の不思議な生態―

ヒルガオハモグリガBedellia somnulentellaという蛾がいる。開張(翅を広げた大きさ)が1 cmほどの小さな蛾である(下写真)。

写真1. 展翅標本
この標本作成当時はまだ不慣れで、右前翅が失敗。
写真2. 成虫の生体
触角が長く、翅の合わせ目に斑紋ができるのが特徴。

本種はその名の通り、幼虫がヒルガオ類の葉の内部に潜って、表皮を残して内部の組織を摂食する。いわゆる小蛾類と呼ばれる小型の蛾の幼虫は、このような潜葉性の生態を持つもの(リーフマイナー)が多い。幼虫の潜葉食痕(マイン)は、下写真のような感じ。ヒルガオ類は、街中でフェンス等に絡んでいるのがよく見つかる身近な雑草だが、よく見て回ると、このようなマインだらけの株が高頻度で見つかる。

写真3. ヒルガオハモグリガの幼虫の食痕(マイン)
色が抜けた斑状の部分に幼虫が潜んでいる。葉の先端に見える蛇行した線は、本種の幼齢幼虫のマイン。

マイン部分をよく見ると、内部に黄緑色の幼虫が潜っているが目視でも確認できる。

写真4. マインに潜っている幼虫
1枚の葉に複数の幼虫が潜っていることが多い。

さて、この身近にいる地味な蛾であるヒルガオハモグリガだが、他のリーフマイナー種と異なり、以下の特異な生態を持つ。

1) 1, 2齢の幼虫は線状のマインを作り、3齢になるときに、一度マインから脱出し、場所を変えて再度潜葉する。3齢以降は斑状のマインを作る。

2) 3齢以降の幼虫は、マインから出たり、再度入ったりを日常的に行う。

これらの生態は、以下の文献による:
黒子浩, 1969. ハモグリガ科. 原色日本蛾類幼虫図鑑(下), pp. 144-146, 保育社, 大阪.

リーフマイナーの生態を持つ昆虫は、蛾類に限らず、甲虫やハバチやハエの仲間にもいるが、幼虫は基本的にずっとマインの中で生活するものであり、わざわざマインから出たり入ったりすることはない。また、幼虫がある程度成長すると、マインから出て外で暮らしたり、蛹化時に脱出する種も多いが、その場合、幼虫がマインに再度潜ることはない。ヒルガオハモグリガは、これら2つの両方で例外なのである。

(1)の3齢になる前後で場所を変える件については、引っ越し中の幼虫を直接観察したことがないが、上記写真3で引っ越しの跡が見て取れる。葉の先端部に蛇行した線状のマインがあり、ここに幼齢幼虫が潜っていたのだろう。この写真を見ると、幼虫は、葉の上を2, 3 cmほど基部に向かって移動して再潜葉し、斑状のマインを作ったことになる。確かに、何らかの目的があって移動しているように見える。

(2)の3齢以降の幼虫がマインから頻繁に出入りする件については、マインのある葉を裏返してみると分かる。マインから出た幼虫が、葉の裏に糸を張って静止しているのがよく見つかる(下写真)。

写真5. マインから出て葉の裏で静止している幼虫

本当にマインから出たり入ったりしているかは、飼育下で容易に確認できる。幼虫が入っている葉を採ってきて、葉が萎れないよう、茎の切り口に濡らしたティシューペーパーを巻き付けておくと、葉ごと生かした状態で飼育できる(下写真)。

写真6. 幼虫の飼育

飼育していると、幼虫がマインから出て、葉の裏に糸を張ってそこに静止するのがよく見られた(下写真)。それが、翌日にはちゃんと元のマインに戻っているのである。

写真7. マインから出て静止している

また、飼育して分かったが、本種の幼虫は、糞をするときは、マインの出入り口の穴から尾部のみ出して、外に糞を出すのだ(下写真)。内部で糞を出すと、中でカビるからだろう。それにしても糞の量が多い。

写真8. マインの外に糞を出す

2匹の幼虫が入っていた葉は、下写真のように内部がほとんど食い尽くされた。幼虫は2匹とも葉の外に出て、容器に糸を張って静止し、前蛹になった。

写真9. 食い尽くされた葉と前蛹状態の幼虫2匹
野外でここまで食い尽くされた葉は見たことがない。

本種の蛹は以下のような形態。はじめは黄緑色だが、次第に黒っぽくなった。

写真10. 蛹(蛹化間もない頃)
写真11. 蛹(羽化前)

それにしても不思議な生態である。蛾の幼虫はあまり目が見えているとは思えないが、一度マインから出た後、どのようにして同じ出入口に戻るのだろうか?出入口から休憩場所まで糸を張っていて、それを辿っているだけだろうか。

また、そもそも何のためにマインから出るのでしょう?ヒメコバチ等で、マイン内部にいる幼虫に外から産卵する寄生蜂が多数種いるが、それへの対抗策だろうか?その場合、幼虫自体が葉の外に出てしまったら、余計天敵に見つかりやすそうである。あるいは、食料を巡る他の幼虫との競争への対抗策だろうか?写真4に示した通り、本種は1枚の葉に複数の幼虫が潜っていることが多い。その場合、同じ葉の中にいる幼虫同士は、食料を巡って競合関係にある。ひょっとすると、本種の3齢以降の幼虫は、他の幼虫に先に葉を喰われたときに、他の場所に移動する能力があるのだろうか?その場合、自分の元のマインではなく、他の葉の他の幼虫のマインに潜ったり、あるいは、マインのない場所に食い入って、新たにマインを作ったりできるのだろうか?

いろいろ疑問や想像が膨らむが、いずれも、きちんと仮説を立てて実験を工夫すれば検証できそうである。時間が空いた時にやる宿題としてとっておく。

※本稿の詳細は以下の神奈川虫報の報文を参照。
齋藤孝明, 2020. 厚木市で採集したヒルガオハモグリガの飼育記録. 神奈川虫報, (201): 14-16.



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