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潮干狩りはなぜ春にやる?―潮汐に年周期が現れる理由―

はじめに

上の子がハマってる野生生物捕獲料理人ホモサピ氏の動画を一緒に見ていたら、「潮干狩りが春に行われるのは、その時期に昼間に大きな引き潮になりやすいから」という解説があり、知らなかったので感心したのだが、物理的な理由が分からなかった。すぐにネットで検索してもおもしろくないので、しばらく自分で考えてみたが、そもそも、潮汐に年周期が現れる理由がなかなか思いつかない。しかも、上記潮干狩りの話は、単に春に大きな引き潮になりやすいだけでなく、それが昼間に起きると言っている。なぜ??降参してネットで検索してみたが、よく出てくるのは、大きな引き潮は春と秋の2回出現し、春では昼間、秋には夜間に起こるという話である。海釣りやサーフィンをしている人には経験的によく知られている事実のようであるが、やはり、そうなる理由が書いてない。「理科年表」の潮汐の項目を見ても、そんな記述はない。調査を続けて、あるの論文を発見し、少なくとも、潮汐に年周期が発生する理由については納得に至った。が、春の(というか実際には夏だが)日中に潮干狩りに都合のよい大きな干潮が発生しやすいのは、日本列島の地理的な位置に起因する偶然の産物である。潮汐の物理を多少知ってる人でも、この年周期の話はあまり知られていないと思われるので、以下で簡単に紹介する。

本当に春の大潮は昼間に大きな干潮になっているのか?

試しに、サーファーが集う神奈川県の江の島近辺の潮位を調べてみる。気象庁が公表している湘南港の2022年の5月と11月の新月の前後の潮位をグラフ化したのが下図である。いずれの季節でも、1日当たり満潮と干潮がほぼ2回ずつ来るが、2回の干潮のうち一方が特に大きくなっているのが見て取れる。5月の方を見ると、日中の12時近くに大きな干潮になっている。確かに、潮干狩りがよく行われる5月の連休の時期は、日中に大きく潮が引くらしい。約半年後の晩秋では、その時刻が半日ずれて、夜中の0時前後に来ている。潮位変化のこの性質が、この年たまたまではなく、毎年繰り返されるのである(もちろん新月の日はずれるが)。こうなる理由、パッと思いつきます??

図1. 2022年5月の新月の頃の湘南港の潮位 (cm).
図2. 2022年11月の新月の頃の湘南港の潮位 (cm).

そもそも潮汐はなぜ生じる?

潮汐力=並進慣性力+重力

謎に迫るために、基本から復習。潮汐は、地球・月・太陽の重力の合力の向きと大きさが、地表の場所によって異なることに起因して起きる現象である。機序の概略はWikipedaの記事を見ていただければ分かる、と言いたいのだが、あまり簡単ではないようである。理系の大学教養レベルの力学の知識があれば考察できるはずなのだが、下手に回転座標系で「遠心力」を使って説明しようとすると、本職の研究者ですら間違えるほどややここしい問題で、いろいろな所でいろいろな間違った説明がされているようである。この辺の事情は、以下の藤原隆男氏の論文に詳しい。

藤原隆男, 2021. 潮汐力の正しい理解のために. NAIS Journal, 15: 3-15.
同著者による以下のサイトの方が情報量が多く、参考になるかも。
藤原隆男, 2021. 潮汐力を遠心力で説明してはいけない潮汐力の正しい理解のために―. http://fujiwaratko.sakura.ne.jp/tidal/tidal_force.html

上記論文に従って、単純に非回転座標系に観測者を置いて考えるのが分かりやすい。潮汐力のうち、太陽の寄与は月の0.46倍らしいので、まずは月と地球のみの系でまず考える。

地球と月は共通の重心の周りを回転しているが、この回転運動は、共通重心に向かう自由落下運動と、それに垂直な方向への横ずれ運動の合成とみなすことができる。地球は、剛体として自由落下しているため、その加速度は地球上のどこでも同じである。そのため、地球の上に乗っている観測者は、その自由落下運動と逆方向に「並進慣性力」を受けており、その力は地表のどの地点でも同じである(この、どの地点で同じであることに気付くのが重要!)。一方、月から受ける重力は、場所によって異なる。当然ながら、月に面した側では最も重力は強く、反対側では弱くなる。これら並進慣性力と重力の合力が、潮汐を起こす潮汐力となる。図示すると下図のようになる。

図3. 重力と並進慣性力の合力としての潮汐力

潮汐力のみ図示したのが、図4である。潮汐力は、地球の中心に関して、図4に示したように楕円形に対称な分布をするのがポイントである。潮汐力によって、海水は地表に対してラグビーボール型に引き伸ばされる。月に面した側と反対側では満潮、それに垂直な方向では干潮となる。月と反対側でも満潮になる理由が直観的に分かりにくいが、その解説はこの記事の主旨から外れるので、詳細は上記藤原論文を参照のこと。

図4. 潮汐力の向きに従って変形する海水面

1日の間に干潮と満潮が2回ずつ起きるのはなぜか?

月は地球の自転と同じ向きに地球のまわりを公転しているが、その周期は約27日のため、1日の間の潮汐の変化を考える場合、とりあえず月は止まっていて地球のみ自転していると考えればよい。地球が自転しても、海水の干潮・満潮の形状と月の位置の関係は維持されるため、地表の特定の地点に乗っている観測者から見ると、満潮と干潮が2回ずつ来ることになる(下図)。

図5. 海水面の形状は固定のまま地球が自転する.
地表に固定した観測点Pでは、自転で1周する間に満潮→干潮→満潮→干潮、と潮位が変化する。

原理は上記の通りなのだが、では、地球上のどの地点においても、月に面した側とその反対側に来たタイミングでちょうど満潮になるかというと、そう単純ではない。実際には、観測地点付近の地形や海流の影響を受けるため、潮位変化の波の位相は場所によって相当異なる。日本近海では、月や太陽の南中・北中時刻に対して、満潮時刻は約6時間遅れることが知られている。6時間という数字に特別な理由はなく、地形や海流の影響でたまたまそうなっているだけである。このずれの時間は観測地点によって様々だが、同じ場所ならば年間を通して概ね一定である。潮汐を引き起こす力が、上記のような並進慣性力と重力の合力であることと、潮位変化の位相が図5から示唆される挙動からずれることは、物理的に矛盾する話ではないことに注意されたい。

潮汐に現れる年周期

太陽の影響を考慮すると?

さて、本題は、なぜ潮干狩りの時期には日中に大きな干潮になりやすいか?である。この事実は、潮位変化の波に、上記の地球の自転による半日周期に加えて、季節によって変化する年周期が存在することを示唆している。図3のように、地球と月の関係だけを考えていると、地球と月の距離は季節によらずほとんど変わらないため、年周期など現れようがない。従って、当然ながら太陽が関係していそうなことは想像がつく。太陽の潮汐力は、月の0.46倍ほどあるため、決して無視できる大きさではない。

さて、太陽があると話がどう変わるか?太陽の影響を考慮すると、図3に示した地球・月の潮汐力に加えて、月を太陽に置き換えた地球・太陽の潮汐力が加わることになる(図6)。この場合、太陽に面した側と反対側は満潮、のような潮位変化が、月による潮位変化に合成されることになるが、結局、その潮位変化が半日周期になることに変わりはない(地球の自転の方が圧倒的に早いため)。潮位変化がやや複雑になるだけである。

図6. 太陽の影響も考慮する場合

しかし、太陽の影響を考慮すると、満月と新月のタイミングで干満差が大きくなる大潮の発生が理解できる。満月・新月のときは、太陽・月・地球が一直線に並ぶため、月と太陽の潮汐力の方向が重なり、極大となる。

久保田効氏の論文

上記大潮は1か月におおよそ2回発生することになるが、ではこれに年周期は発生するだろうか?残念ながら、図6をいくら眺めても、大潮の大きさが季節によって変わる現象は説明できそうもない。あるとしたら、地球・太陽の距離が季節によって変わることであるが、地球の公転軌道の近日点と遠日点の距離は高々3%強程度の違いしかない(重力の大きさで7%弱程度の差)。しかも、近日点と遠日点はそれぞれ毎年1月初旬と7月初旬に訪れるため、時期的も潮干狩りの話とは関係なさそうである。ここまで考えて行き詰まり、ネットで検索して発見したのが以下の論文である。

久保田効, 2005. 彼岸潮は年極小. 海の気象, 51 (3): 18-25.

この論文の主旨は、潮位差(=1日の間の満潮と干潮の潮位の差)の年周期に着目して、俗に言われていた彼岸の時期の潮位差が年間で最大になるというのは間違いで、実際には夏と冬に最大、彼岸では極小になるというものである。論文中で、潮位差に年周期が現れる機序を平易に図説しているので、非常に参考になる。実際、論文中の図6, 7当たりを見て、年周期が現れる理由については一瞬で分かった。自分が理解できなかったのは、地球の地軸の傾きを考慮していなかったためである。

地軸の傾きを考慮すると?

以下、上記久保田効氏の論文に沿って解説する。地球の地軸は、公転面の法線に対して23.4度だけ傾いていることが知られている。この地軸の傾きを考慮すると、地軸・公転面と海水面の位置関係は下図のようになる。月の公転面と地球の公転面は、実際には5度強の傾きがあるが、話を簡単にするために、以下では無視する。地軸の傾いても、海水面の膨らむ方向は、月と太陽が乗る公転面方向に固定される。そのため、地表の同一の観測点において潮位を観測すると、1日に2回訪れる満潮の潮位に差が生じる(この、隣接する満潮間or干潮間の潮位差を日潮不等と呼ぶらしい)。

図7. 地軸の傾きの影響.
地軸の傾きがない場合(左)、地表に固定した観測点における1日2回の潮位は変わらないが、地軸が傾いている場合(右)、満潮の潮位に差が生じる。

では、日潮不等が最大になるときは、どういうときか?それは、夏至と冬至に近いときの大潮のときであろう。図示すると下図のようになる。このタイミングでは、地軸が月・太陽の方向に最大の傾き23.4°を持つ。夏至付近、冬至付近のいずれも日潮不等の大きさは同程度であるが、1日の間で潮位が高い方の満潮が来るタイミングが、夏と冬で12時間ずれる。下図をそのまま解釈すると、夏では日中、冬では夜中である。上で述べたように、1日の間の潮位変化の位相は地表の場所によってずれるため、夏の大潮の日中にちょうど最大の満潮になるわけではない。ただし、夏と冬で、そのタイミングが12時間ずれる関係は維持される。

図8. 夏至の頃の大潮(新月)
図9. 冬至の頃の大潮(新月)

では、日潮不等が最小になるのはいつか?それは、春分or秋分近辺の大潮のときである(下図)。このタイミングでは、地軸が月・太陽の方向に傾きを持たない(下図の紙面方向に傾いている)ため、1日2回の満潮の潮位が等しくなる。

図10. 春分・秋分の頃の大潮(新月)

そう単純ではない日潮不等

上記のモデルで考えると、日潮不等は、あくまで隣接する満潮の潮位の方に現れるものであり、隣接する干潮の方には現れないように見える。ところが、冒頭の図1, 2で示したように、湘南港の潮位変化を見ると、隣接する満潮の潮位はよく揃っており、大きな日潮不等が現れているのは干潮の方である。これはどういうことか?上記久保田論文では、「日本沿岸では、月の赤緯が大きくなる夏・冬に干潮に日潮不等(1日2回起こる潮位に差が生じること)が起こる」とさらっと書いてあるだけで、なぜ干潮の方に日潮不等が起きるのかについては、まったく説明はない。実際、気象庁のサイトで湘南港の潮位を年間のいろいろな時期で見てみると、どの時期でも隣接する満潮の潮位はよく揃っており、干潮の潮位の方に日潮不等が現れている。これについて調べようとしたが、残念ながら直接的に説明している論文等は見つけられなかった。分かったのは、上記の日潮不等の発生原理の説明は、あくまで原理であって、地表のいろいろな地点で実際にどのような潮位変化が観測されるかは、地形や海流の影響を受けるため、簡単にはモデル化できないということである。

ネットで検索すると、米国の海洋大気庁(NOAA)のサイト内で、潮汐の水位に関する解説ページを見つけた。
Tides and Water Levels: Types and Causes of Tidal Cycles –
Diurnal, Semidiurnal, Mixed Semidiurnal; Continental Interference

これによると、地表の大陸の存在が海水の自由な動きを妨げるため、隣接する海盆でも全く異なる潮汐のパターンを示すらしい。海岸で生じる潮汐は、大きく分けて、diurnal, semidiurnal, mixed-semidiurnalの3種あるという。見慣れない英単語だが、diurnalは「1日周期の」という形容詞で(余談だが、生態学では「昼行性の」)、

  • diurnal tide(日周潮?):1日に満潮と干潮が1回ずつ出現

  • semidiurnal tide(半日周潮?):1日に満潮と干潮が2回ずつ出現

  • mixed-semidiurnal tide(混合半日周潮?):上記2つの混合型

という意味らしい。何と、1日に満潮と干潮が1回ずつしか現れないタイプもあるのだ。上記ページに世界地図があり、大陸の海岸線が上記3つのいずれに属しているかが示されている。これを見ると、やはり、diurnalの海岸は少ないが、太平洋沿岸は概ねmixed-semidiurnal, 大西洋沿岸は概ねsemidiurnalのようである。日本はmixed-semidiurnalである。

日潮不等との関係は不明だが、この分類と何か相関はあるだろうか?試しに、日本とは異なるsemidiurnalに分類されていて、日本と経度が近いオーストラリアのゴールドコースト付近の潮位変化を調べてみよう。ゴールドコーストの潮汐情報は、クィーンズランド州のサイトから得ることができる。冒頭に示した湘南港の潮位変化(図1, 2)と日付を揃えてグラフにしたのが下図である。

図11. 2022年5月の新月の頃のゴールドコーストの潮位 (cm).
図12. 2022年11月の新月の頃のゴールドコーストの潮位 (cm).

湘南港の場合とは逆に、干潮の潮位は概ね揃っており、日潮不等は満潮の方に現れている!果たして、世界各地の沿岸の日潮不等と、上記3種の分類にどれくらい相関があるのか、サンプル地点を増やして調べると何か分かるだろうか?いずれにしても、物理的な理由は簡単には説明できそうもないので、この辺でやめておく。

潮干狩りはなぜ春?

長々と書いてきたが、最初の疑問に戻ろう。

潮干狩りはなぜ春にやるのか?
→ よく潮干狩りが行われる4月後半から初夏の頃に、日中に大きな干潮が起きやすいから、であるが、久保田論文が主張しているように、実際には、初夏でなくとも夏至を中心とした夏の大潮ならば日中に大きく潮が引くため、潮汐的には、別に初夏に限る理由はない。よく初夏に行われるのは、休日が多いとか、アサリが産卵前で身が大きいとか、貝毒が発生する確率が低いとか、潮汐以外の理由によると思われる。

なぜ夏の大潮では日中に、冬の大潮では夜間に大きな干潮が起きるのか?
→ 直接的な要因は、地球の地軸が公転面の法線から23.4°傾いていることに起因する日潮不等という現象による。日潮不等により、大潮時の特に大きな満潮or干潮が、夏と冬で起きる時刻が半日ずれることが説明できる。が、日本沿岸において、日潮不等が干潮に現れること、また、夏の大潮では大きい方の干潮が日中に都合よく起きることはまったくの偶然である。地形や海流の影響で、たまたまそうなっているだけである。

以上、潮干狩りはなぜ春にやるのか?という素朴な疑問から始まったが、天体の重力はさておき、地軸の傾きや大陸が妨げる海水流など、意外な要因が絡む奥深さを堪能することができた。そもそも潮干狩りの文化は他の国にもあるのだろうか?その地点の潮位変化の特性に応じて、異なる季節や時間帯で行われていたらおもしろい。

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