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ヨシトミダルマガムシ徒然

はじめに

 ヨシトミダルマガムシHydraena yoshitomiiという水生甲虫がいる。ダルマガムシ科に属する、体長1.5 mmほどしかない微小種である。ダルマガムシ科の中でも、赤茶色の体色が特徴のシコクダルマガムシ種群に属する種で、この仲間は、通称、赤いダルマガムシ(赤ダルマ)と呼ばれる。

水中にいるヨシトミダルマガムシ(神奈川)

ダルマガムシ科の虫はいずれも微小で、見つけるには種ごとにコツを要するが、この赤ダルマの仲間は、特に採集が難しいことで知られる。難しい理由は、

  • とにかく小さい

  • とにかく環境にうるさい

  • かき混ぜても水面に浮いてこない

の3点に集約される。特に、3つ目の「浮いてこない」性質が凶悪なのだ。ダルマガムシ科でも、ホソダルマガムシ種群(黒ダルマ)の種の場合、水中にいるときに腹側に空気を溜めており、いる場所で水をかき混ぜると浮いてくるので、大きさ(体長2 mm弱)の割りには見つけやすい。

ワタナベダルマガムシ(長野)
水中の流木にいた個体。
浮いてきたワタナベダルマガムシ(長野)
生息地の水溜まりを泥ごとかき混ぜたら浮いてきた。ピンボケだが、銀色に光って見えるのが空気の泡。

ヨシトミダルマガムシは、自分が観察した限り、腹側に空気を溜めているのは見たことがなく、本当にまったく浮いてこないので、これを探すには、目の細かい網で水際の砂礫をひたすら掬ったり(砂粒と区別が付きにくいので効率悪い)、砂礫をスプーンや筆で少しずつ掻き分けたり、水際に溜まった落ち葉をひたすらめくったりする必要がある。とにかく、採るのに根気が要るのだ。

丹沢での邂逅

私が本種に出会ったのは、2020年2月の真冬の丹沢の小渓流である。水生甲虫でもダルマガムシ科に特に関心があり、神奈川県でも丹沢に生息しているらしい情報を聞きつけたので、調査に出掛けた。会社勤めの身で、土日も家族そっちのけで好き勝手に出かけるわけにもいかないので、できれば一発で仕留めたい。そのためには、入念な作戦を立てるのが重要である。当時、この仲間について生息環境の詳細な情報がなかったので、丹沢山地の沢筋を狙うとしても、具体的にどのような環境を狙えばよいか、まったく不明だった。国土地理院の地形図をしばらく眺めて、宮ケ瀬湖に注ぐ及沢(おいざわ)に狙いを定めた。

生息地の地図の一例
中央にある蛇行した川が及沢。これを見て、現場の微環境が想像つくだろうか?

地図を見ると(上図)、県道の橋の下から上流300 mくらいは、谷底が広って蛇行しており、礫が堆積した川の可能性が高い。それより上流は谷底が狭まるので、おそらく、岩盤の上を直接流れる渓流のはず。一つの沢の短い流程で、少なくとも2つの異なる微環境がありそうなので、どこかかでは当たるだろうという見立てだった。

現場の環境は予想通りで、橋の下からしばらくは、下写真のような礫床の小川だった。

及沢(礫床蛇行部)

この礫床蛇行部で、水際に溜まっていた落ち葉をバケツに入れて、水に沈めて浮いてくる虫を探す作業を繰り返した(当時は上記の性質を知らなかった)。が、浮いてくるのは、陸生の超微小なハネカクシくらいで(これはこれで興味深いが)、水生甲虫はまったく採れなかった。

さらに遡上すると、予想通り、岩盤の上を水が流れる細い渓流となった(下写真)。

及沢(奥の岩盤渓)

ここでも上記同様、落ち葉を水に沈めて浮いてくる虫を探したが、ヨシトミダルマガムシはまったく採れる気配がない。気温5℃の真冬の沢を歩き続けていい加減疲れてきたので、ヨシトミは諦めて、代わりにナカネダルマガムシでも探そうかと岩の水際をライトで照らして見て回ったところ、水中で岩の表面に付いている赤いダルマガムシが唐突に見つかった。間違いなくヨシトミダルマガムシだ。

水中の岩の表面にいたヨシトミダルマガムシ

気を取り直して沢の水際を見て回ると、何と、浅い水中で岩の表面に点々といるではないか。落ち葉なんぞ調べなくても、目視でいくらでも見つかる状態だった。まさか目に見える所にいるとは、盲点だった。

水際に多数の個体がいた場所
水際にいた個体
水際にいた個体

その後、あちこちの沢で本種を探すようになったが、上記のように、簡単に目視で見つかる状況だったのは上記を含めて2回しかなかったため、非常に幸運だった。事前に立てた作戦が功を奏した。

生態

ヨシトミダルマガムシを含む赤いダルマガムシの生態情報は乏しいが、これまでの調査で分かった本種の成虫の生態は、以下のようなものである。

  • 基本的に清冽な河川源流部に生息する。特に、岩盤上を水が直接流れるような沢や、ごく浅い湧水流などにいる。

  • 川の中にある石にほとんど藻が付いていないような、無機的な環境を好む。このこだわりは相当強いようで、石に藻が付いていたり、水際の底をかき混ぜたらすぐ泥で濁るような川では、まず見つからない。

  • 生息環境をより細かく見ると、沢の流速が遅い場所の水際の砂礫や、水際に溜まった落ち葉の裏、水中に沈んだ石の表面などにいる。水中にいるとしても、深さ数センチ程度のごく浅い所にしかいない。落ち葉に付いている場合でも、基本的に水面近くにある、あまり朽ちてない葉を好む。

  • おそらく冬が繁殖期で、成虫が見つけやすい所に出てくる。他の季節でも、たぶん本気で探せば見つかる(5月に採ったこともある)。

下写真は、たまたま見つかったマウント中の雌雄ペア。冬季に繁殖行動を行う状況証拠。

マウント中の雌雄ペア(2021年2月、神奈川)

本種が生息する沢は、例えば、以下のような雰囲気の沢である。

ヨシトミダルマガムシが生息する沢(神奈川)
ヨシトミダルマガムシが生息する沢(山梨)

本種が生息していない沢は、例えば以下のような沢である。この違い、分かるだろうか?慣れてくると、沢に降りた瞬間にいる/いないが直感で分かる。

ヨシトミダルマガムシが生息しない沢(静岡)
ヨシトミダルマガムシが生息しない沢(神奈川)

分布

ヨシトミダルマガムシの模式産地は埼玉県飯能市の低山地の沢で、分布は関東山地とされている。関東山地は、神奈川県西北部から群馬県南部に広がる広大な山地で、私が本種に出会った丹沢山地は、関東山地南端からさらに相模川を挟んで南側に位置する。そこで気になったのが、本種の分布の南限である。果たして、箱根の山地まで分布しているのか?あるいは、それを超えて、伊豆半島にまで分布しているのか?

そこで、南限確定のため、3年掛かりで調査を行った。協力者も得て、描けた分布図が以下である。

ヨシトミダルマガムシの分布図

赤とピンクが自分たちで採った地点、グレーの丸印は、調査しても採れなかった地点である。このように示してみると、概ね富士山の緯度当たりに分布の境界線があるのが浮かび上がくる。

これは何を意味するのか?単に、結果的にそうなっているで終わらせては面白くないので、ちょっと考察してみよう。

ヨシトミダルマガムシが所属するシコクダルマガムシ種群は、2024年2月現在9種ほど知られており、西日本で種分化が顕著なグループである。そのうち、ヨシトミダルマガムシは、東日本の関東山地とその近傍のみで見られるので、このグループとしては例外的な種であるが、そのルーツはあくまで西日本であると考えるのが妥当だろう。では、なぜ関東山地にいるのか?これを考えるには、日本列島の形成過程に思いを馳せる必要がある。

地学には疎いので、ブルーバックスとかの教養書を読んで知ったが、日本列島は約1500万年前にユーラシア大陸の東端から分離して誕生したらしい。大陸から分離するとき、列島が折れ曲がって中央部が沈降し、いわゆるフォッサマグナの海で列島が東西に分離する。その後、南方から古伊豆島がプレートに乗って移動してきて、約100万年前に列島に合体して伊豆半島となる。その頃にはフォッサマグナも陸地化している。ここで注目すべきは、フォッサマグナの海ができた時代、関東山地は沈降から免れ、島状に取り残されたらしい(下図)。

フォッサマグナ(黄色)と関東山地(赤)

ということは、東西列島が再度つながり始めたとき、関東山地は先行して西日本につながった可能性がある。その段階で、西日本から分布を広げてきた赤ダルマが関東山地に達し、そこでヨシトミダルマガムシに種分化したのではないだろうか。

その後、本種は関東山地を中心にして周囲へ分布を広げていくが、問題は、南方向への拡大である。

南方には、衝突した伊豆半島が大地を押し上げて丹沢山地が形成されている。丹沢山地は、かつて海底だったらしい。上述の、私が初めてヨシトミダルマガムシを採った東丹沢の及沢では、セラドン石と呼ばれる青緑色の奇麗な石がゴロゴロしていた。これは、海底火山の噴出物が堆積してできる鉱物だそうで、丹沢一体がかつて海底だった証拠のようである。

及沢にたくさんあったセラドン石
数センチ大の石がゴロゴロしていた。相模川水系では珍しいものではなく、厚木市内の平野部の支流でも、小さいものなら簡単に見つかる。

丹沢山地は、単に大地が隆起して形成された山地だが、問題は、そのさらに南側である。そこには、富士山をはじめとして、温泉地で有名な箱根や湯河原などが続く。太古の昔は、この一帯は火山活動が活発だったわけで、山地の渓流であっても、水質などの面で、関東山地や丹沢とはまったく異なる環境だったのではないだろうか。現在でも、箱根の渓流でうっすら硫黄の臭いがするような場所では、水生昆虫相は非常に貧弱である。

このような地史的な理由で、ヨシトミダルマガムシの分布の南下は丹沢山地で止まった、というのが私の見立てである。

おわりに

以上、単にヨシトミダルマガムシを採る話から、日本列島の形成過程など、地学的な面に視点が広がってきた。上記を踏まえると、赤いダルマガムシの新種を採りたいなら、

地史的に古い地域を狙え!

が、基本的な戦略となる。これをいうと、要するに、西日本全体が該当するので、シコクダルマガムシ種群の新種は今後10種くらい余裕で出てくるのではないだろうか。後は、いつ誰がやるかの問題である。興味のある方は、赤ダルマ新種発見レースに参戦されたし。関東在住の身には厳しい。。

本稿に関する詳細は、以下の文献を参照のこと。

  • 齋藤孝明・岩崎響亮, 2023. 神奈川県と山梨県からのヨシトミダルマガムシの追加記録, 神奈川虫報, (210): 37-43.

  • 齋藤孝明, 2021. 関東山地南端におけるヨシトミダルマガムシの分布と生息環境. さやばねニューシリーズ, (43): 40--42.

  • 齋藤孝明, 2020. 東丹沢の小渓流に生息するヨシトミダルマガムシ. 神奈川虫報, (202): 12--13.

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