書評:長谷川愛『20XX年の革命家になるには──スペキュラティヴ・デザインの授業』

長谷川愛は、現代アートのアーティストである。IAMAS(大垣)、RCA(ロンドン)、MIT(ボストン)で学び、とくにRCAでは、スペキュラティブデザインを学んだ。

スペキュラティブデザインとは、私なりに解釈するならば、実体化したSF(サイエンスフィクション)である。写真や映像、オブジェ、インスタレーションなど、アートとデザインの表現手法を使って、目にみえる、手にとれる未来を描く。

そのスペキュラティブデザインを長谷川は「革命」と呼ぶ。それが指すのは、いわゆる市民革命だけでなく、たとえば、利休やシャネル、マルセル・デュシャンのように、大きな価値転換を成し遂げた人々の実践を指す。

スペキュラティブデザインが描く未来とは、どんな未来か。未来には4種類ある、と提唱者のアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーはいう。1. 起こりそう(Probable)な未来。 2.起こってもおかしくない(Plausible)未来。 3.起こりうる(Possible)未来。それに加えて、4つめは、望ましい(Preferable)未来。

SFには輝かしい未来を描いたユートピアと、悪夢を描いたディストピアがある。スペキュラティブデザインにも、ユートピア的を描き、人々に希望を抱かせる作品と、ディストピアを描き、ダークサイドを批判的に問う作品がある。

では、長谷川の作品はどんなものか。極限環境のラブホテル、同性婚からできた子どもたちの肖像、イルカを生む女性、サメを魅惑する香水など、性に関わる物が多い。それは、彼女自身の「痛み」から生まれたものだという。そこには、生理や出産といった肉体的・精神的苦痛だけでなく、男性優位社会の中で生きることの難しさといった社会的苦痛も含まれる。それを、入念なリサーチとぶっとんだ発想によって、実体化させ、「こんな未来をどう思いますか?」と問う。

本書の特徴は、タイトルに「デザインの授業」とある通り、長谷川が作品を生み出すにあたって生み出した独自のメソッドを、授業にように紹介している点にある。これまでに長谷川が感銘を受けてきた作品、思考や感性を刺激されたSFやアニメ、漫画。それらを参照しながら、いかにして作品が生まれてきたかを、レクチャー形式で学ぶことができる。

また、面白い仕掛けとして、巻末のカード式付録がある。これは、実際に長谷川が作品をつくるときにとる手法をパッケージ化したものだという。社会課題を示したSDGsカード、最先端テクノロジーを集めたテクノロジーカード、思想やコンセプトを紹介するフィロソフィーカード。そして、革命家カード。著名な思想家、政治家、起業家になりきって、その人ならば、どんな革命を望むかを真剣に考えてみる。これらのカードを組み合わせれば、これまでにない新しい発想を生み出すことができるだろう。そして、親切なことに、そのアイデアが、アートやデザインとして、新規性と訴求力を持つか、倫理的には問題はないか、など評価のチェック項目まで用意されている。

じつのところ、私と長谷川は20年来の友人だ。「はじめに」に書いてあるとおり、田舎のオタク少女だった彼女は、立派に世界に羽ばたくアーティストとなった。それが可能だったのは、彼女が謙遜していう運の良さばかりではい。新規のものに対する強い好奇心、地味なリサーチ作業を積み重ねる努力、そして、世の中に対する強い怒り。それらが相まって、彼女の実践が出来上がっていった。

本書は、さまざまな人々を励ますだろう。あなた自身の痛みとは何か?それを形にしてみませんか?と彼女はあなたを誘っている。

長谷川愛『20XX年の革命家になるには──スペキュラティヴ・デザインの授業』
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