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私たちは誰かを救えるか?

こんにちは、山下珈琲店です。

いきなりセンセーショナルな投げ掛けですが、とても大切だなと考えているのであえてタイトルに選びました。

結論からいくと、救えません。
もちろん私の考えです。
私達にそこまでの力はありません。
救うという最終段階は神の領域だと考えています。といってもただの神頼みではありません。本気で縋れば必ず直接、繋がります。もしくは繋げます。

もちろん災害や事件、悩みから救うことは可能です。そうではなく、どうしようもない宿命や運命から救い出す。そういった意味で救おうとしてはいけないと感じています。
私達が力を持ち過ぎることは危険を意味します。見えないものは見えないままが理想です。祓うことなんて出来ない方がいい。それよりも力があると過信することで、どうしようもない深みにハマる方が危険です。

では、私たちにとって出来ることはなんでしょう。
やはり寄り添うことだと考えています。
そこにもうひとつ必要なエッセンスがあります。
それは家族のように愛情を持って。

他者を家族のように愛せるのか。
いきなり誰でも愛することは難しいですが、同じ波動を持った人たちの集まりであれば可能だと考えています。まずはそこから。
人と関わることが苦手な人が多い、一人が楽、孤独を孤独と思わない。
コロナの影響もあり、元々あった感情がさらに大きくなった感のある日本。
でもこれからの時代は人付き合いが面倒くさいものではなくなるかもしれません。
これまでお付き合い文化から、ハッキリと意思を示す時代に入ってきたから。
約束することもなく、その日の気分や天候で会う会わないを決めたりする人が増える気がしています。

誰だって妙に人恋しい日があります。
悩みを聞いてくれるだけでホッとする日もあります。
髪を切ったシルエットが凄く気に入った時に見てもらいたくもなります。
スマホの使い方で固まることもあります。
息子の教育方法で自分が正しいか迷うこともあります。
既婚者でありながら好きな人が出来たときに誰にも言えないこともあります。

そんなときに寄り添ってあげたり、寄り添ってもらったり。
もし本当に個性にスポットが当たる時代であれば、その個性が変な方向に行かないようにトントンと優しく整えてくれる他者は欠かせません。
私たちが他者のことを家族のように愛情を注ぐことができれば、必ず同じ気持ちを持った方が出て来る気がします。
私もその一部を担えたら幸せですし、客観的にそんな人の繋がりが見えるだけでも心が震える気がします。
誰かを救うのは神様にお任せして、まずは愛情を注ぎあえる繋がり見つけましょう。

本日もお読み頂きありがとうございました。
雨の音いいですね。


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