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「デキのよいこ」は親不孝

● 遠くへ行ってしまった長男

   小原茂巳「デキのよい子は親不孝」『いじめられるということ』より

 20才もトシの違う兄貴は,もう何年も前から,遠いオーストラリアに行ったきりである。オーストラリアーー地図をみるとけっこう遠い。
70才をこえた父や母にとっては,もうまさに,気の遠くなるほどの遠い国であろう。
 父が静脈血栓(じょうみゃくけっせん)という足を切断せねばならなくなるほどの大病(たいびよう)にかかって入院した時も,兄貴は見舞いに一度もこれなかった。 弟の結婚式にも,もちろん参列していない。
 73才の母は。兄弟(長男)とゆっくり,「将来のこと」を話したいと言っているが,未だに実現していない。「将来のこと」とは,「自分たちのどちらかが死んだら,残った方はどうなるんだ」という,かなり切実な問題のことである。兄貴は,父や母にとっては,ただたんに地理的ということではなしに,精神的にも,ほんとうに遠い遠い存在になってしまった。

●デキが良かった兄貴

 兄貴は,末っ子の僕などと比べると,数段,デキのよい息子だった。
母は,「博(ひろしー長男の名前)はね,中学生のとき,弁論大会で県代表になったのよ」とか,「こんな東北のいなかで東大を受験したのは博だけよ」とか,いろいろと僕ら兄弟に自慢をしていた。
 たしかに,兄貴は親の期待に応えて,まさに「エリートコース」をたどって,現在に至っている。「一流高校」→「一流大学」→「一流企業」→「一流企業の外国支店 副社長」
 
これで,父や母にとって,「我が子の育ち方」は,この長男に限って,まさに自分たちの期待どおりなのだから,大満足であったはずだ。

●デキの良い息子に気を遣う親

 兄貴がオーストラリアに出発する日のことである。
 年老いた母は,今度いつ会えるかわからない息子を見送るために,わざわざ宮城県から上京した。高齢の母にとっては,「もう二度と会えなくなるのでは・・・」という不安を持っていても,全くおかしくない。

 羽田空港での兄貴の見送りは,会社のはからいで,かなりハデにおこなわれたらしい。会社の社長,それに続くエライさんたちも顔をみせていたという。もちろん,母の顔をそこにあった。その時の母の顔は,デキのよい息子を持った親として,誇り高い顔であるはずだった。
 しかし,意外や,羽田空港から帰ってきた母は,とてもさびしそうだった。じつは,年寄りでいなかっぺの母は,空港の隅,すなわち,長男と遠く離れた所で見送りをしたというのである。 
 「出世してリッパになった息子」と「年寄りで,あいもかわらずいなかっぺの母親」――こんな組み合わせは,いろんな所で,ときどき目にする。
そして,こんな場合,決まって母親の方が,そのリッパな息子に気をつかって小さくなっている。
 僕みたいに,いなかを捨ててきた人間にとっては,こんな光景は,とても気になるところなのである。
 デキのよい子を希望どおり育てた母は,今,その子にとても気をつかっている。父は,「博と会って話をしたって,あいつは会社の話ばかりで,まったくつまらない」と,グチをこぼしていた。5人の「我が子」のうち,この長男は,父や母にとって,「一番デキのよい子」で,かつ,「自分たちの期待どおりに育ってくれた子」であるのだが,現在,母はさびしがっており,父はグチをこぼしている。これは,一体,どういうことなのだろうか。
 73才の母は,「あの子が,一番,遠くに行っちゃった・・・」と,つぶやいているのである。

●兄はボクの「反面教師」

 末っ子の僕は,いつもこの兄を「反面教師」として学んできた。
「兄貴みたいな人生は送るまい」と,なぜか決め込んでいた。
 僕は,さいわい,能力的にもあまりデキの良い子ではなかったので,現在,ギスギスした日々を送る必要はない。
 子どものころ,僕はかなりの親不孝者(母親に手を出したこともある)だったが,今は,上京(じようきよう)した際,母親は決まって一番に我が家をおとずれてくれる。
 僕は,やっぱりあったかいのがいい。それだけでいい。

● どんな人生にとっても大切なこと

 小原さんの話(エッセイ)はどうでしたか?もちろん,出世をしたりエリートコースに乗ることがいけないことだと言っているわけではありません。
どんな人生を送るのであれ,大切なことを忘れてはいけない,そんな気がします。
 ボクがこの文を読んだのは,息子ケイが生まれた一年後くらい。それ以来ボクは息子に「ボクが歳をとってからでも,いつ会っても,たのしく話ができるヤツでいてほしい」と秘かに願っています。
息子に望んでいることはこれ一つだけ。
―― もちろん,本人には言っていません。

 息子は今20歳。どうやらここまで願い通りに育ってくれています。最近は演劇サークルの脚本を書くことに没頭しているけれど,これがなかなかの出来映え(親ばか!)なので感心,感心。
 ボクの奥さんが韓国からオモニ(お母さん)を呼びたいと言い出した。
息子にたずねたところ,「いいよ,ハルモニ(おばあさん)に孝行したいし」と快諾。感心,感心。
 どうやら奥さんも息子も,人生にとって何が大切なことなのかよくわかっているようです。

 何だかずいぶん長く書いたけれど,今のあなたには関係ない話題でしたね。でも,なんだか久しぶりに書きたくなってしまったのです。最後までつきあってくれてありがとう。

―― 以上です。冬休みになると家族で一緒に過ごす時間が増えます。
ふだん会えない祖父母と過ごすときもできるでしょう。小原茂巳さんのお話はそんな時期を前に読んであげたい話です。ちなみに,小原茂巳さんは中学校の理科教師から明星大学教育学部の准教授に転身された方です。多くの「教師の卵」を育てて来られました。『未来の先生たちへ』,『たのしい授業のすすめ方』,『よくある学級のトラブルの解決法』(いずれも仮説社)など多くの著作があります。

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