“インディー歌人”冬野きりんがプロレスラー・ハイパーミサヲになって丸5年

2020年2月28日
本日、プロレスデビューして丸5年を迎えました。
東京女子プロレス所属、ハイパーミサヲと申します。
普段はヒーローとして東京女子プロレスの愛と平和を守っています。

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公認凶器として団体の代表を引き連れる筆者
(2020.1.4 後楽園ホール大会)

ニートだった頃、母親の付き添いで行ったハンドメイドインジャパンフェスで、たまたま遭遇したDDTプロレスの路上プロレスをきっかけに一気にプロレスにハマり、気づいた時にはこの世界へ…....。
東女を見ている大きいちびっ子たちなら、耳にタコができるくらい聞き覚えのあるエピソードだと思います。

遭遇したのが2014年7月で、新人募集に応募したのが同年8月の終わり。
DDTプロレスの両国国技館大会を観た直後に甲田哲也代表にメールを送りました。(そのメールの文面もまたかなり痛々しいものなのですが、それはまた別の機会に…)
週末にメールを送ったのに甲田代表からすぐに返事があり、翌週の頭に面接して、9月には練習に参加していたので、今思うとかなりスピーディーな展開でしたね。
いつも公認凶器にしたり、公私混同なモーヲタっぷり(牧野真莉愛さんファン)をいじったりしてますが、私という何処の馬の骨ともわからん奴をまかり間違えて拾ってくれた甲田代表には頭があがりません。ありがとうございまりあ。

そして翌年の2015年2月28日、東京女子プロレス新宿FACE大会にてデビュー。最初のコスチュームは緑ジャージ、風呂敷マント、バットマン風のマスクというコミカルなものでした。

その後はなんやかやドラマティックな毎日を過ごしています。

そんな私ですが、先日あるツイートで業界内外をほんの少しだけざわつかせてしまいました。
まぁ、ざわざわというより、さわさわ。
せせらぎぐらいの話題力ですけど。それが以下のツイートです。

穂村弘先生のやばいおたくだった私は、雑誌『ダ・ヴィンチ』のコーナー「短歌ください」に応募しまくってた時期がありました。
で、そのコーナーが単行本化されたとき、自分の作品が帯に選ばれたりして、少しだけその界隈で注目された“インディー歌人”だったのです。
まぁ一発屋のような感じですね。
その作品がこちら。

ペガサスは私にはきっと優しくてあなたのことは殺してくれる

こんな繊細な短歌を詠んでいた少女がその後、プロレスラーになるとは……
ペガサスが殺してくれなかったから自分で殺す側になったのね…など様々な反応をいただけて面白かったです。(そうだよ、自分を助けられるのは自分だけ)

当人の中では短歌もプロレスも割と一本の筋でつながっているし、自然な流れだったのだけれど、周りからしたらとんでもない飛躍に見えるのかな?と思い至り、noteを作成することにしてみました。

デビューして丸5年だし、個人的にも過去を整理したいという気持ちが強くなったというのもあります。むしろじぶんのためかも。
長い文章を書くのは苦手です。
常に脳内に文章が走っては消え、走っては消えを繰り返している感じで、それを掴まえてまとめるのが難しいのです。
でも書くのは今しかない気がしています。

呼吸するだけで傷つき、全員敵と思っていた謎のインディー歌人・冬野きりんが、東京女子プロレスの愛と平和を守るゲスなヒーロー・ハイパーミサヲになるまでのお話をしていきます。
(ペガサスの)少女に何が起こったか?的な。

どうしてもデビュー記念日にnoteを始めたくて、拙すぎる始まりで恐縮です。何が言いたいか自分でもわからない!
そしてこの後の投稿も時系列バラバラで、断片的になりそうです。
かなり個人的な話もするし、センシティブな事柄も含まれると思うので文の後半など一部有料になると思います。(事務所には相談済み。売上の一部は会社におさめることになっているので闇営業じゃないです!)

あと普通の日記も書こうかと思います。とにかく頭の中のレゴブロックをざらざら全部出したい気分です。
そしてその上に思い切り叩きつけたいんです自分で自分を。
そんな感じで、次回からエニウェアフォール・ハードコアnoteはじまります!闘いのゴングを鳴らせっ!

ださっ。

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次回更新をお楽しみに!



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