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高校野球のペッパーミルパフォーマンスの是非を巡るズレた論点

第95回選抜高校野球大会、18日に行われた東北高校対山梨学院高校にて行われたチームレセブレーションとしての"ペッパーミル"及びそれを審判が注意したという出来事が話題を集めています。

この出来事を伝えた記事が広まると直ぐ東北高校選手達を擁護する意見と共に「エラーでペッパーミルは…」という指摘も溢れました。私も相手選手のエラーで出塁した際のチームレセブレーションは不適切だと考えます。そしてそうした行為が観客から咎められるというのも理解出来ます。

しかし、だとしても審判の介入(高野連の介入)が妥当だとは思えません。

この試合では一回終了時点で一塁塁審から注意が行われそれ以降はこのパフォーマンスを取り止めたということですから、審判が介入していなければそれ以降もヒットを打った際にペッパーミルは行われていたのでしょう。

つまり、注意が無ければエラーの際のペッパーミルはあくまでも一例で、この試合を報じた記事の見出しは『高校球児もペッパーミル!センバツ高校野球にも侍ジャパン効果。タイミングには苦言も』といった調子になっていたであろうと推測出来ます。

高野連の説明

今回の出来事に際して高野連は短いながらも注意を行った理由を発表しています。

これについて高野連などは、「高校野球としては、不要なパフォーマンスやジェスチャーは、従来より慎むようお願いしてきた。試合を楽しみたいという選手の気持ちは理解できるが、プレーで楽しんでほしい」という見解を示しました。

https://www3.nhk.or.jp/sports/news/k10014012961000/

よく見掛けるガッツポーズは認められ、ペッパーミルが"不要なパフォーマンスやジェスチャー"に指定されることは果たして妥当なのでしょうか?

また、【センバツ】「ペッパーミルパフォ」がダメな本当の理由 元NPB審判員記者が解説という記事で柳内遼平さんは「佐藤監督は「駄目な理由を聞きたい」と言った。大会本部は数行の文書で回答。到底、納得するとは思えない。ただ、NPBで審判員を務めた経験がある記者も、同様のケースであれば注意しただろう。過去の甲子園大会でも過剰なゼスチャーをした選手が注意されることはあったが、近年はある程度、許容されてきた。だが、今回は場面が悪かった。相手の失策で出塁した場面。「本家」のヌートバーがメジャーで同様の行為をすれば、次打席で報復死球が待っているだろう。ファンを熱狂させるパフォーマンスも「安打」の場面でこそ。場面を間違えれば相手への不敬として審判員から注意されるのは当然だ。」と高野連の判断を慮っていますが、NHKの記事では高野連の主張として「そのうえで、「今回は『ペッパーミル・パフォーマンス』だったが、ふだんから派手すぎるガッツポーズなどには審判や大会側から注意をしている。エラーで出塁したかどうかは関係ない」としています。」とエラーとの関連は明確に否定していることを伝えているのです。

つまり、今回の論点はスポーツマンシップという道徳的規範の話ではなくペッパーミルが高野連の定めた"不要なパフォーマンスやジェスチャー"という定義によって否定されることが妥当か否かという点です。

感情表現もまた野球の一部

ペッパーミル流行の発端はWBC日本代表チームにて大谷翔平選手とラーズ・ヌートバー選手がチームセレブレーションについて話していた際セントルイス・カージナルスで行っているものを披露すると決めたことに由来することは本人たちによって語られています。

日本代表資格を持った最高峰の選手が集った試合を観た高校球児達が彼等に憧れ真似をするというのは自然なことであろうと思いますし、試合の進行を妨げたり相手を過度に挑発する様な行為であるならばともかく今回のペッパーミルの様なものが"不要なパフォーマンスやジェスチャー"とされてしまうのは納得がいきません。野球というスポーツに付随する感情表現もまた野球を構成する重要要素であるという観点を持って受け止めることが大会主催者に求められる判断であると私は考えます。

時代は移り変わっていますが高校野球に於ける高野連の「問題が起こる前に芽は摘む」というやり方は相変わらずで、選手達の振る舞い以前にこうした高野連の振る舞いは見ていて気持ちの良いものではありません。

最後に繰り返しになりますが、相手選手のエラーの際にチームレセブレーションを行うことは適切ではないという主張は私も同意します。今回の場合イニング間に東北高校の監督が助言したり試合後に世間の声として「タイミングは考えた方がいい」という指摘が東北高校の選手達に届くことで彼等が『学ぶ』ことが望ましかったのではないでしょうか。


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