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蓮實重彦が映画批評において決定的だった理由とその功罪

日本の映画批評で誰もが一度はその名を聞いたことも、そして批評を目にしたことがあるであろう批評家・蓮實重彦
私も度々お世話になっているが、映画史が「ゴダール以前とゴダール以後」で違ったように映画批評も「蓮實以前と蓮實以後」で分水嶺となっていると思う。
私が例に挙げた2つの動画はアンチ蓮實派として著名な宮台真司と町山智浩だが、荘子itがいうようにこの構図自体が古くなっている。
蓮實自身も自身の著書において「もう私が観客を映画に呼び込む程の影響力を持つ時代ではなくなった」と幾分自嘲も兼ねて呟いていた。

だが、かつては確かに映画批評といえば「蓮實派VSアンチ蓮實派」という派閥・構図が出来てしまうくらいに影響力がある脅威的な存在であった。
かの映画評論家・淀川長治でさえ蓮實の圧倒的知性と語彙のセンス・ショット分析の的確さ・機知と皮肉の回しを怖いと思っていたほどである。
自身が意図したかどうかは別として、もはや蓮實重彦という存在自体が1つの時代を作ってしまうほどに映画批評に革命をもたらした。
熱狂的な信者と同じくらいのアンチもまた生み出しており、良くも悪くも映画批評においてこの人以上の影響力を誇った人は確かに存在しない。

なぜかと言うと、『表層批評宣言』『監督 小津安二郎』がそうであるように、蓮實は「作品を作品としてそのままみる」ことを一番に実践した人だからだ
大学時代の専攻が表象文化論であったが、なぜこの「表層に留まる」というスタイルが影響を与えたかというと、それまでの映画批評がそういうものではなかったからである。
例えば思想が優れているとか物語がどうとかキャラ描写がどうとか、或いはそれを構成している役者がどうとかいった背景設定のところにまで話が及ぶ。
ほとんどの人がそうやって「画面の向こう側」に何かを読み込もうとするスタイルの批評が多かったわけだが、このスタイルの批評にはある問題があった。

それは特撮批評の切通理作や宇野常寛がそうであるように、思想性が優れている社会派の作品を高尚と見なし、そうではない娯楽作品を低俗と見做すスノビズムである。
よく特撮・漫画・アニメの批評で耳にするのが「大人の感傷に耐える高尚な文芸作品」という言い方だが、本来これは批評のあり方として正しいのか。
そこに疑問を呈したのが蓮實重彦だったわけであり、昔はそういう理由で黒澤明が持ち上げられ小津安二郎が貶されるといった批評が主流であった。
ところが『監督 小津安二郎』の影響があったかはわからないが、蓮實が小津を批評したことにより今ではむしろ黒澤以上の映画作家として小津は評価されている

私も小津安二郎は作品自体も評論の本もいくつも読んで見たが、少なくとも「作品」として見る小津安二郎を蓮實以上に批評できた人は存在しない
はっきり言って書いてある文章の言い回し自体はややこしくて衒学的・権威主義的ではあるが、それでも確かに小津映画の見方を変えさせ現在にも影響を与えるだけの力を持っている
これほどの書物は確かに数ある映画批評の中でも存在しないであろうと思えるくらいに優れている、何せあのヤマカンが影響を受けたという程であるから。
そして今では黒沢清・青山真治などの蓮實派から生まれた映画作家もいるくらいだから、正に批評から一時代を築き上げた人だったのではなかろうか。

ただ、荘子itが語るように蓮實も蓮實で別のスノビズムに陥ってしまっており、黒澤やキューブリックを貶して小津やジョン・フォードを褒めるスタイルのあり方は疑問や批判の声も少なくない。
町山智浩は典型的な被害者だが、彼だって元は蓮實ファンだったわけであり好きだからこそ自分の大好きな映画が貶された時に「裏切られた!」と思ってしまうのではなかろうか。
ただなあ、気持ちは分からなくもないが町山は正直過度に蓮實を神格化・神聖視し過ぎではなかろうか、大人なんだからもう少し上手く距離を取れよとは思ってしまう。
宮台真司もアンチ蓮實ではあるが、この人はいわゆるえの氏みたいな左翼・右翼みたいな政治思想が根っこにあるから町山とは別の理由でのアンチ蓮實な訳だが。

ちなみに私自身が蓮實を知ったのは2008年、大学4年の秋に出会った映画専門の親友Fに出会ってからであり、この人の紹介で『表層批評宣言』『監督 小津安二郎』に出会った。
学部時代は徹底してBSなどで放送されていた映画をDVDに録画していたから、何度か私もその友人の部屋を訪れたが、大量の映画のDVDと資料が部屋に積もって驚いた。
その親友とはそこから約3年程の親密な付き合いがあり、それこそ徹夜で映画鑑賞をしたこともあり、画面にああだこうだと突っ込みながら夜通し語ったものである。
私が今スーパー戦隊論はもちろんのこと映画感想・批評をこうして趣味としてやっているのも親友との日々があってこそであり、考えれば貴重な時間であった。

そのため直接的な蓮實の教え子ではないのだが、私は「ショット分析」という点でこの人以上の批評家は確かに存在しないだろうと思っている。
もちろん全てが正しいとは思わない、私はこの人が貶している黒澤明やスコセッシ、キューブリックは好きだし小津や溝口、ジョン・フォードも大好きだ。
それにこの人は「作家主義」として付き合う作家を選んでいるが、私は作家主義ではなく「作品主義」なので厳密にはこの人の考えの全てに心酔しているわけでもない。
ただ、文章の言い回しや語彙力も含めて「作品を作品として見よ!その向こう側に思想や哲学・歴史を見出そうとするな!」というあり方はその通りだと思うし、今の私の血肉になっている。

因みに、私は町山智浩さんの映画評論はそういう意味であまり興味がない、何故ならばこの人は作品の向こう側に背景を読みたがるからであり「作品論」を超えてしまっている
いくつか動画も兼ねて見させてもらっているが、この人って映画評論家というより映画「落語家」ではないのか、なんか批評・評論というより「漫談」を見ている感じだ。
同じ理由でライムスター宇多丸も私は興味がない、典型的な早稲田のバンカラ気質が出た感じの語りでありこの人も「漫談」を映画評論でやっていると私は思う。
だから映画評論において信頼できる人は誰かと聞かれれば、私の場合はやはり蓮實重彦と淀川長治であり、この2人以上の映画評論家は日本にいないであろう。

まあそういうスタンスでやらして頂いているせいか、実は私も作品論を巡ってばちばちの論争になったことがある、それこそ親友の黒羽翔氏とも一度だけ大喧嘩したことがある。
「帰ってきたウルトラマン」の評論だったかで喧嘩になったのだが、あれは私が全面的に悪かったので考えを改めたのだが、でもそれ以降私が自分の評価のあり方に影響を受けたことはないかなあ。
でもそれを考えると、つい先月まで私に『鬼滅の刃』と庵野秀明で滅茶苦茶な論争になったまぐ氏なんかはそれこそ町山智浩さんのような感じたったのかもね。
自分が傑作としての評価をしていたものを私にボロクソに貶されたことで反発を引き起こして「考えを改めよ!」だから、正にアンチ蓮實になった町山と似たようなものであろう。

全くの与太話だが、私が何故『ドラゴンボール』が一番ジャンプ漫画で好きなのかというと、実は『ドラゴンボール』が一番「漫画」であることに忠実な作品だからである。
こないだは思想的な面からの読み解きをして見たが、でも結局のところ私が「ドラゴンボール」を一番好きなのは徹底した画力とバトルの表現において優れているからだ。
ジャンプ漫画の歴史は鳥山明が『ドラゴンボール』を紡ぐまで主流となっていたのは車田正美の『聖闘士星矢』やゆでたまごの『キン肉マン』であった。
この2人がジャンプ漫画の超人バトルの表現のあり方を決定づけたのだが、鳥山明はそのジャンプ漫画のバトルにスピード感と空間を活かすパノラマ感を付加したのである。

『ドラゴンボール』のバトルシーンの凄みはついつい「強さのインフレ」や界王拳・超サイヤ人といったパワーアップ形態にあったと思われがちだが、それはあくまで結果の産物だ。
1つのコマでどんな動きをしているかがわかるコマ割りと空陸海の全てを活かした立体的な奥行きのあるバトル、そして打撃の重みとスピード感の両立、これらを鳥山先生はあの一作でやってのけた。
実際その後『ONE PIECE』『NARUTO』をはじめあらゆるバトル漫画・アニメが『ドラゴンボール』を真似するようになるが、どれ1つとして『ドラゴンボール』を超えるバトル表現を生み出せていない
これは決して「過去」ではなく「現在」としてそうなのであり、それこそ映画史におけるアクションがバスター・キートンの動きを誰も超えられていないのと似たようなものであろう。

話を戻すが、蓮實重彦が成した批評の一番の功績は小津映画を「物語」「思想」ではなく「画面の運動」として再評価したことではないだろうか。
この人が「小津的なるもの」から小津を解放する役割を担わなければ、今頃『東京物語』(1953)が世界で一位を取るような動きも起きなかったであろうから。
ジョン・フォード論も現在読んでいるが、やはりショットや画面の運動を分析するという点においてこの人以上の人はいないなあと思えてならない。
だが、そろそろ映画批評家も「ポスト蓮實」といえる位置付けの人が出てきていいのではないかと思うが、まだ出てこないのは何とも不思議ではある。

まあ今の時代はZ世代の象徴として台頭してきた荘子itがそうであるように、あらゆる批評家や作家の考えをごちゃ混ぜにした「キマイラ」的なやり方が主流なのであろうが。
でもその何でもハイブリッドのごちゃ混ぜ精神はともすれば根無し草的なボヘミアニズムに陥りかねないから、それだけは気をつけておいた方がいい。

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