『ひしぐ』 #369

はじめは、「ひしゃげる」という言葉について知りたかったのがきっかけだった。何の気なしに、腕がひしゃげる、事故で車がひしゃげてる、とか、日常的に(といっても、頻発するようなものでもないし、口を毎日つくような言葉でもない)使う言葉だったからこれまで考えてこなかったけれど、言葉の厳密さみたいなものに関心がわくと、ふとしたときに普段使っている言葉にハッとする。今回の対象はその、ひしゃげる、だった。意味がわかる人からすればなんとなく、押し潰されているとか、オノマトペ的には「ぐしゃっ」とした感じであるとか、イメージがわくだろうと思うが、ひとまずそのとおり、押し潰されることを「ひしゃげる」という。だから、事故で車がひしゃげてる、ということになる。調べてみたら、ひしゃげる、というのは、ひしげる、という元の言葉がなまっていて、その「ひしげる」という言葉のおおもとは「ひしぐ」という動詞であるらしかった。押しつぶす、勢いをくじく、圧倒する。
ひしぐ。なかなか使わない言葉だな、と、思ったところでアッと気づいた。落胆、敗北、失意、そうした様子を表す、「打ちひしがれた」という言葉がある。想像するまでもなく、「打ち」「ひしがれ」ている。ひしぐ、というのが押し潰すことで、つまり、ひしがれるというのは押し潰されているということ、であれば、打ちひしがれているというのは、(何かしらで)打たれて押しつぶされている、ということになる。これまで、深く考えずに「打ちひしがれた」などと、自分のことであっても他人のことであっても、使ってきた言葉だけれど、けっこう、強烈な言葉だったんだと、軽く反省した。ひしぐ、だけでもかなりの外力が加わっている様子なのに、さらに打撃のような、一撃、といわず何度も殴打されていそうな様子でだんだんと悲しくなってくる。いや、調べていたときには「うわぁ」くらいだったのが、こうして書いてくるとじわじわと心苦しくなってきた、心がひしがれてきている。押しつぶされる。
この、ひしぐ、という言葉、これまでひらがなで書いてきたけれど、ちゃんと(?)漢字もあって、拉ぐ、と書く。この、漢字もなかなか使わないなあ、と、思ったところでアッとこれまた気がついた。そもそも、ひしぐ、を使わないわけだから、拉ぐ、とも書かない。書かないがしかし、この漢字には非常に馴染みがある。拉麺。そう、ラーメン。大好物に数えられる食べ物、ラーメン。こうして、ラーメンが拉麺たる理由に辿り着いた十月、気温が下がって一段と美味しい季節。

#ひしぐ #211001

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