【独占禁止法叙説】0-3 経済法の成立

 産業革命を起点として、生産関係が変化し、近代的な工業生産が可能になった。そして、他方では生産規模の拡大の要請から資本の集中が不可避とされ、そのための仕組みとして近代的会社制度、とりわけ株式会社制度が誕生した。19世紀後半に資本主義諸国において発生した近代的株式会社制度は、①設立の自由(準則主義の採用)、②意思決定の資本多数決制、③株主の有限責任、④株式の自由譲渡などを基本的特徴としており、近代市民法原則を応用した資本集中のための制度である。
 産業革命を経て、技術の発達、生産規模の拡大、そして資本の集中が繰り返され、かかる経済構造の変化が市場の競争と併存しつつ展開し、経済の寡占化・独占化を結果的にもたらした。
 このような状況に至ると、価格メカニズムが営利企業の規律としての機能を充分に果たし得なくなり、経済を秩序づけることが困難となる。ここで、政府・公権力の介入による経済の秩序づけが必要となってくる。自由放任(レッセ・フェール)ではなく、「政府の手」により競争を維持・回復していくことで、経済を基本的に秩序づけていくことが要請される。こうした観点から、現在、わが国において採用されている政策が競争促進政策ないし独占禁止政策ということになる。経済の寡占化・独占化の進行にともなって、政府の積極的な介入による経済の秩序づけが必要とされ、かかる政府の作用を根拠づける法が新たに認識されるに至った。この経済の寡占化・独占化によりもたらされた経済社会の構造変化こそが、「経済法」という独自の法現象ないし法分野を生み出す契機となった。
 「経済法」が一つの独立した法分野を形成する概念として考えられ始めたのは、第一次世界大戦末期のドイツにおいてである。ドイツでは、第一次大戦中の一連の経済統制立法、大戦後の混乱を収拾するための諸立法及びワイマール体制下における社会化のための立法が行われた。戦中・戦後に制定されたこれらの法律は、これまでの法と異なった特質を有しており、従来の法分野に収めることが困難であるとされ、これらを一括して「経済法(Wirtschaftrecht)」として研究対象とされるようになった。
 わが国における経済法は、ドイツにやや遅れ、第一次世界大戦後の不況、関東大震災の混乱を経た金輸出解禁(1930年(昭和5年)1月)後の不況深刻化を受け、翌1931年(昭和6年)に「重要産業ノ統制ニ関スル法律」(重要産業統制法・昭和6年法律第40号)が成立したところにその端緒を見出すことができる。この法律は、経済の寡占化・独占化を前提として政府がその濫用を規制することを目的とし、失われた市場機能の改善を企図したものであった。また、他方でカルテル協定を前提とした統制命令制度を有しており、政府の権力的統制手段としてカルテルを利用する仕組みも用意されていた。
 その後、国内市場の独占化・寡占化の進展とさらなる強化は市場の狭隘化を招き、わが国産業は国外市場の獲得に向かっていくことになる。こうした過程を経ることで、わが国が第二次世界大戦に向かって歩みを進み始めるようになると、経済法制は戦時経済法としての性格を帯びてくる。近代戦は、総力戦として意義づけられ、戦争遂行という目的のために経済法が再編されていくことになる。1938年(昭和13年)5月5日に施行された「国家総動員法」(昭和13年法律第44号)がその中心をなすものとされ、この法律にもとづいて制定された勅令によってあらゆる経済分野が全面的な国家統制の下に置かれることになった。
 一方、この動きと平仄を合わせるかたちで、これらの実定法を研究の対象とし、法律学的な研究が進められ、一つの独立した法分野あるいは学問分野としての経済法が確立した。わが国では、戦時統制立法の研究を目的として1938年(昭和13年)に「日本経済法学会」が発足している(なお、戦後の経済法研究は、独占禁止法を中心に進められ、1948年(昭和23年)に「経済法学会」〔1997年(平成9年)に「日本経済法学会」と改称〕が設立されている。
 ドイツやわが国において見られたように経済法は、戦争・敗戦および革命による社会化を直接の契機として発生したが、その基本的性質は、経済の独占化・寡占化と不可分に結びついている。その意味で、経済法の発生・展開は、一時的あるいは特殊的経済現象の結果現れたものではなく、経済の寡占化・独占化という資本主義の発展過程における必然的ないしは普遍的現象として理解されなければならない。
 かくして経済法は、経済の寡占化・独占化の進行に伴って生起し、いまや本来の機能を期待し得なくなった市場に、政府が積極的に介入・関与し、これを秩序づけ、経済全体の秩序を維持・創出する法の総体であると意義づけることが可能となる。

(2024年1月15日記)


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