【独占禁止法叙説】5-3 共同行為の禁止(パート2)

四、対市場効果要件
 不当な取引制限は、「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」を要件としている。不当な取引制限に関するこの要件の判例には、東宝・新東宝事件(東京高判昭和28・12・7高民集6巻13号868頁)があり、この判決を引用した石油価格カルテル刑事事件(最判昭和59・2・24刑集38巻4号1287頁)において確定する。この判決で「競争の実質的制限とは、競争自体が減少して、……市場を支配することができる状態をもたらすことをいう」と判示され、「競争の実質的制限」とは「市場支配力」が形成ないし強化されることであるということが明らかにされた。しかし、いかなる程度をもってかかる要件を充足するかは抽象的ないし一般的には確定できず、行為類型ごとに判審決例の積み重ねを通じて形成されていくことになる。
 不当な取引制限における「競争の実質的制限」の認定は、共同行為に参加している事業者が市場において占める地位を中心として、共同行為の種類・形態、当該市場の特徴・性格等が考慮される。これまでの審決例においては、参加事業者の市場に占める地位が、「すべて」、「ほとんどすべて」および「大部分」と認定されており、そのシェアの合計は80-90パーセントに達している場合がほとんどである。この場合においては、合意ないし協定が成立したという事実をもって「競争の実質的制限」を認定するに十分であり、とりたててこの要件の立証は行われていない。他方、シェアが50パーセント前後ないしはそれ以下の事例においても法違反とされた事例が存在するが、この場合はアウトサイダーの地位や当該市場の構造や性質を検討の上でこの要件の該当性が評価されることとなる。
 価格や数量を制限する共同行為は、競争に何らかの悪影響を与える目的で行われる場合が多く、こうした効果を有する共同行為を行うには、一般的にその共同行為の参加者が、市場において大部分を占めるかあるいは有力な事業者が中心となって行われていなければ、実効性のある共同行為を行い得ない。したがって、このような共同行為の場合、実効性をもって遂行されたという事実から不当な取引制限の成立を認めても差し支えなく、その際、参加事業者の市場における地位等を検討するまでもなく、不当な取引制限の成立を認められることになる。

五、共同行為の諸類型
 法2条6項は、共同行為の内容として、対価の決定・維持・引上げと、数量、技術、製品、設備、取引先の制限を例示している。以下では、法の規定ぶりとは多少異なるが、講学上ないし実務上、しばしばなされている分類にしたがって、共同行為の類型を取り上げる。

(一)価格カルテル(対価の決定・維持・引上げ)
 商品・役務の供給ないし購入にかかる対価(すなわち価格)に影響をおよぼす事業者間の取決め全般を指して、通常、価格カルテルと呼んでいる。たとえば、市場価格の下降局面において共同して価格を維持する行為(価格維持カルテル)、一定価格以上でしか販売しない最低価格を共同して決定する行為(最低価格カルテル)やさまざまな商品が対象となり価格を決められない場合に共同して値上げ率を決める行為(値上げ率カルテル)などがある。
 価格の設定は、事業者間の競争において最も重要かつ基本的な手段であり、また、個々の事業者の行動が市場おいて形成された価格を指標として規律されていることを考えれば、価格は市場における経済秩序形成にとって不可欠な要素である。
 したがって、価格に関する共同行為は、市場における価格メカニズムに直接影響を及ぼし、競争を実質的に制限する効果も直接的である。したがって、価格に関する協定や合意が認定されれば、それ自体競争制限効果を伴っているものとされ、不当な取引制限の成立が認められる。ここでは、価格に関する共同行為を通じて、価格メカニズムへの直接的な影響力・支配力が形成されることが問題であり、協定価格の水準の妥当性は違法性とは関係なく、価格の上昇を防ぐため最高価格の決定がなされたとしても違法となる。このように当事者の価格決定に実際上影響をおよぼすものであれば、競争制限効果があるものとして、価格決定の態様に関わりなく違法となる。

(二)数量制限カルテル
 数量制限カルテルとは、商品・役務の生産量ないし販売量(およびこれらの配分比率)を制限する取決めや、生産設備の廃棄や設備投資制限等の共同行為をいう。
 これらの行為の効果は、即時的ではなく将来において現れるものであるが、結果として市場全体の供給量を制限し、その需給を調整することによって、市場価格に直接・間接の影響をおよぼすものであり、価格カルテルと同様、厳格な規制が行われている。

(三)取引先制限カルテル
 取引先制限カルテルには、顧客争奪禁止協定や、顧客・販売地域の制限といった市場分割協定など、取引相手の選択に関わる取決め全般が含まれる。その意味では、入札談合、共同ボイコット等も取引先制限カルテルの一種だが、これらについては別で取り上げる。
 取引先制限カルテルは、これまで取り上げてきた価格カルテルおよび数量制限カルテルに比べ、市場における価格形成機能におよぼす影響は必ずしも直接的ではない。その証拠に、これまでの取引先制限カルテルが違法とされた事例の多くが、価格カルテル・数量制限カルテルの実効性担保手段として用いられてきた。
 しかし、取引先制限カルテルは、取引相手をめぐる自由な競い合いという個々の事業者の競争行動を直接に制限することである。そして、これが全面的に行われれば、その効果は価格や品質にもとづく顧客獲得競争が抑えられ、最終的には価格競争の消滅に結びつく。
 なお、公正取引委員会は、事業者が相互に他の事業者の顧客や市場を尊重し、他の事業者からの顧客奪取や、他の事業者の市場への進出をしないこととする行為は、「その実効性を確保するため、新規参入者等を市場から排除しようとする行為が行われやすくなる」とし、「このような行為は、……原則として違法となる」との立場を示している(「流通・取引慣行ガイドライン」第2部第1)。

(四)入札談合
 入札談合とは、受注調整ともいい、入札手続によって受注者を選定する取引において、事業者間においてあらかじめ受注すべき者を特定し、その者が受注することができるよう他の事業者が協力する行為をいう。
 このような行為は、入札参加事業者が競争を全面的に放棄することであるから、その競争制限効果は明らかである。
 また、入札談合においては、入札に付された物件を、受注予定者が成功裏に落札するには、他の入札参加者が受注予定者よりも高い価格で入札することが前提となる。したがって、受注調整行為それ自体に価格カルテルが内包されているものと理解され、価格カルテルと同様の取扱いがなされている(なお、公共工事に関する入札に関連した情報交換等の行為につき違反行為の目安を示したガイドライン(「公共的な入札に関する事業者及び事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」(平成6年7月5日))が公表されている)。
 受注調整行為は、一般に「入札に当たっては受注調整を行う」旨の合意(基本合意)が存在し、これにもとづき個々の物件に関する調整行為(個別談合)が継続して行われる。これまでの公正取引委員会の運用においては、この基本合意の成立をもって不当な取引制限の成立を認め、個別の談合行為はその実施行為として解してきた。このような理解の背景には、入札は単なる取引方法に過ぎず、一回の取引において不当な取引制限の対市場効果要件である「一定の取引分野」は認めがたいとする考えがあった。たしかに「一定の取引分野」は市場を意味し、個々の取引活動が集まり、これらの総合としての競争秩序が形成される場である。その意味で「一定の取引分野」には、ある程度の継続性や規模が備わっている必要がある。
 実務的にも、かような理解は、すでにふれた入札談合の実態に即した事実認定やそれにもとづく排除措置など妥当な法の適用をみちびき、さらには課徴金の算定等、法の実効性の確保においても一定の貢献をしてきた。
 しかし、近時、個別の談合行為は立証できるものの、基本合意の存在を示す証拠が十分ではない事案や、個々の入札物件についてのみ談合が行われた事案など、実務上ないし実態上の要請から、かような「一定の取引分野」の理解を前提とした法運用について疑問を呈する主張がなされ、個別の談合においても不当な取引制限の成立を認めるべきとする主張が次第に有力となりつつある。

(五)共同ボイコット
 共同ボイコットとは、共同で特定の事業者との取引を行わないことであり、その意味で取引先制限の一態様である。共同ボイコットが行われると、拒絶される事業者にとっては取引先を奪われ、市場から締め出されるおそれが強い。また、相手方の事業者は事業活動に重要な制約を受けたり、市場から排除されたり、市場への参入が制限されることとなる。
 このように、共同ボイコットは、市場の開放性を阻害し、市場での自由な競争行動を妨げることから、公正競争阻害性を有し、原則として不公正な取引方法(法19条・法2条9項1号及び法2条9項6号イにもとづく一般指定1項)に該当するものとされてきた。
 しかし、日米構造問題協議を受けて公表された「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」によれば、共同ボイコットによって、取引を拒絶される事業者が市場に参入することが著しく困難となりまたは市場から排除されることとなることにより、市場における競争が実質的に制限される場合には、不当な取引制限に該当し法3条後段の規定に違反するとされ(「流通・取引慣行ガイドライン」第2部第2)、現在、公正取引委員会によりこの運用方針がとられている。
 問題は、共同ボイコットを法3条違反として問疑する場合、この行為との関係で「競争の実質的制限」をいかに捉えるかである。公正取引委員会の指針によれば、共同ボイコットにより、市場における競争が実質的に制限されると認められる事例として、次のような場合を示している。
① 価格・品質面で優れた商品を製造し、または販売する事業者が市場に参入することが著しく困難となる場合又は市場から排除されることとなる場合
② 革新的な販売方法を採る事業者などが市場に参入することが著しく困難となる場合または市場から排除されることとなる場合
③ 総合的事業能力が大きい事業者が市場に参入することが著しく困難となる場合または市場から排除されることとなる場合
④ 事業者が競争の活発に行われていない市場に参入することが著しく困難となる場合
⑤ 新規参入しようとするどの事業者に対しても行われる共同ボイコットであって、新規参入しようとする事業者が市場に参入することが著しく困難となる場合
を挙げている(「流通・取引慣行ガイドライン」第2部第2-2-(2))。
 これらはいずれも市場から排除される者を中心として「競争の実質的制限」を捉えている点、特徴的であると同時に問題でもある。なぜなら、これまでの判例や審決例などにおいて「競争の実質的制限」は、もっぱら「市場支配力の形成・維持・強化」-すなわち行為主体の側における事業者の力の形成-との関係で捉えられてきたはずだからである。

(2024年2月12日記)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?