【独占禁止法叙説】3-2 規制の手法(パート3)

(4)濫用規制
 これまで検討してきた「行為規制」及び「構造規制」は、法においては、しばしば正統的な手法と呼ばれるものである。しかし、すでに見たように「構造規制」にあって、企業分割などによる構造措置は、現実には弊害が明らかな場合のみに規制が限定されることになろうし、私的独占の予防行為として位置付けられる法第4章の各規定も、いまだ競争制限に至っていない行為に対し全面的な禁止を命ずるのはまれで、問題解消措置といった条件付きの承認を与えるのがせいぜいである。また、公益事業の民営化や競争導入に伴い競争場裡に突如として現れた市場支配的事業者および外部性の恩恵を巧みに利用し新たな経済力の集中を体現したデジタル・プラットフォーム事業者の経済力の濫用など、市場における競争制限的・阻害的要素の弊害を有効に規制できない可能性があり、これらの事業者がその力を濫用した場合に濫用行為それ自体を捉えて規制することが要請される。
 独占禁止法上、濫用規制の範疇で理解可能なものとして、まず、取引上の地位の優越性に由来する濫用行為に対応し、不公正な取引方法(法2条9項)の一類型である「優越的地位の濫用」(法2条9項5号)及び「取引の相手方の役員選任への不当干渉」(一般指定13項・法2条9項6号ホ)、さらにこれから派生した「下請代金支払遅延等防止法」(昭和31年法律120号)がある。他方、独占的ないし寡占的な市場構造を背景とする濫用行為に対応して、「価格の同調的引上げに対する報告徴収」(旧法18条の2)が存在していた(なお、同規定は平成17年改正(平成17年法律35号)においてすでに廃止されている)。

(5)弊害規制
 なお、「行為規制」や「構造規制」などの他に、しばしば「弊害規制」を規制手法として指摘するものがある。ここでいう「弊害」とは、端的に言えば市場成果、つまり価格水準・利益率・販促費の程度が、競争によってもたらされると期待された程度に結果が達成されていないことを意味する。したがって、規制手法それ自体の内容を意味するというよりも、一定の規制の必要性を正当化するための事後的な評価指標といった方がよい。例えば、独占的状態を認定する際の評価指標となる弊害要件は、同規制の発動を判断する場合の資料とも言える。法的根拠は必ずしも明らかではないが、情報通信分野における「競争評価」も弊害規制として整理可能であろう。しかし、この後にも述べるように、一定の規制の発動を判断するための資料としての意味合いがあるのか、または、特定の弊害に対して直接規制官庁の介入を認めるものなのか、その法的性格は不分明である。
 たしかに、弊害規制として市場成果の規制をとらえると、例えば、価格水準が競争水準より高い場合に競争水準までの引下げを命じることや販売費や広告費などが不当に高い場合にその削減を命ずる方法もあり得る。かつて公正取引委員会は、再販指定商品について、(イ)メーカー等が供与する過大なマージン、リベート等の是正、(ロ)メーカー等の不当に高い出荷価格、(ハ)広告宣伝の適正化を中心とする是正措置を関係事業者に行ったことがある(「再販売価格維持行為の弊害規制等について」〔昭和46年4月15日〕)。その際、根拠となったのは、「当該行為〔再販売価格を決定し、これを維持するためにする正当な行為−筆者注〕が一般消費者の利益を不当に害することとなる場合」を規定する法23条1項但書前段である。同じく著作物再販に関して、公正取引委員会は、消費者利益の向上を図るため、同制度の運用弾力化の推進・実施を要請するとともに、協議会を設置し、これらの方策の実効を検証・検討することとしたが(現在、協議会は廃止されている。)、これも一種の弊害規制として整理することができる(再販問題検討のための政府規制等と競争政策に関する研究会「著作物再販適用除外制度の取扱いについて」〔平成10年1月〕参照)。

(2024年3月25日記)

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