【独占禁止法叙説】3-3 分析の枠組み

(一)競争関係
 独占禁止法において「競争」は、「二以上の事業者がその通常の事業活動の範囲内において、かつ、当該事業活動の施設又は態様に重要な変更を加えることなく次に掲げる行為をし、又はすることができる状態をいう」と述べ、1号として「同一の需要者に同種又は類似の商品又は役務を供給すること」、2号として「同一の供給者から同種又は類似の商品又は役務の供給を受けること」をあげている(法2条4項)。この定義によれば、競争には、(イ)売り手競争と買い手競争が含まれること、また(ロ)顕在的競争と潜在的競争とが含まれること、さらに(ハ)同法による競争がある程度短期の問題を想定していることが示されている。しかし、文言からも明らかであるが、この定義は、独占禁止法上の「競争」それ自体を定義したものではなく、それとは無関係に競争関係の有無について定めたものである。したがって、法13条2項等に定める「競争関係」の範囲を示すほかには、現行法上、ほとんど意味を持たないものとなっている。

(二)競争
 独占禁止法は、「公正且つ自由な競争」を促進するために、競争を制限ないし阻害する一定の行為および状態を規制する法律である。これらに対応するかたちで、本法における競争には二つの態様が存在しうる。ひとつは、特定の市場において複数の事業者が他を排し第三者との取引の機会を獲得するために、相互に競い合うことであり(「行為」概念としての競争)、いま一つのそれは、売り手・買い手におけるこの競い合いの総合としての市場全体における競争のことである(「状態」概念としての競争・競争秩序)。
 通常、単に「競争」という概念が用いられる場合には、競争関係にある事業者間において存在し得る競い合いを意味することになるが、後述の「一定の取引分野における競争」という場合には、一定の範囲で競い合いの総合としての競争秩序が形成されていること、具体的にはその市場において競争原理(市場メカニズムないし価格メカニズム)が機能している状態を指す。つまり、いかなる事業者や事業者集団も市場支配力を有していない状態のことである。

(三)市場
(1)一定の取引分野
 「一定の取引分野」とは、競争秩序が形成される場、すなわち一定の供給者群と需要者群との間に成立する市場を意味する。基本的に、競争関係にある事業者及びその取引の相手方によって構成されるが、取引の対象である商品又は役務の範囲、地域的な広狭、取引段階、取引の相手方の範囲などによって、多種多様に画定され得る。
 基本的には需要の代替性の観点から判断されることとなるが、需要の代替性を見るに当たっては、理論上しばしば「SSNIPテスト」が用いられる。「SSNIPテスト」とは、ある地域において、ある事業者が、ある商品を独占して供給しているという仮定を置き、当該独占事業者が、利潤の最大化を企図し、小幅ではあるが、実質的かつ一時的ではない価格引き上げをした場合に(引き上げ幅については5パーセントから10パーセント程度であり、その期間については一年程度)、当該商品および地域について需要者が当該商品の購入を他の商品又は地域に振り替える程度を考慮するというもので、他の商品又は地域への振替の程度が小さく、当該独占事業者が価格を引き上げることで利潤を拡大し得るのであれば、その範囲が当該行為によって競争上何らかの影響を受けた関連市場、つまり、当該行為との関連における「一定の取引分野」と言うことになる(「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」第2-1参照)。
 ただし、「SSNIPテスト」は、市場の画定に当たって理論上の妥当性は認められても、具体的な競争制限行為との関わりで事後的に画定されることの多い独占禁止法違反にあっては実際上さほどの決定力をもたない。むしろ、「SSNIPテスト」の真価は、ある行為のもたらす競争制限性の評価を事前に判断しなければならない企業集中規制において発揮される。
 いずれにせよ、一定の取引分野の画定にあって、一定の業種に係る一定の取引分野を、先験的に画定することは厳に慎まなければならない。
(2)一定の事業分野
 「一定の事業分野」は、「一定の取引分野」とは異なった類似概念であり、相互に競争関係にある供給者群ないしは需要者群のいずれか一方の事業者群により構成される。
 これと具体的関連性を持つ法の規定としては、法8条3号(一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数の制限)及び法2条7項(独占的状態)がある。前者は特定の商品・役務を供給ないし需要しうる事業者の範囲を述べるために、後者は当該規制の対象となる市場の限定を目的として、この語が用いられている。

(2024年4月1日記)

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