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読書感想文|『自転しながら公転する』

恋ばかりしていた私に、愛の覚悟を教えてくれた物語。それが『自転しながら公転する』という一冊の小説だった。

出会いは、2021年の年明け。
20年度の本屋大賞作品、『流浪の月』で衝撃を受けた私は、毎年開催される“本屋大賞”作品は絶対に外れないと悟った。一度、ノミネート作品を片っ端から読んでみたい、と思った。

その年のノミネート作品は以下だ。

  • 52ヘルツのクジラたち/町田その子

  • お探し物は図書室まで/青山美智子

  • 犬がいた季節/伊吹有喜

  • 逆ソクラテス/伊坂幸太郎

  • 自転しながら公転する/山本文緒

  • 八月の銀の雪/伊与原新

  • 滅びの前のシャングリラ/凪良ゆう

  • オルタネート/加藤シゲアキ

  • 推し、燃ゆ/宇佐美りん

  • この本を盗む者は/深緑野分

芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』をはじめ、話題の加藤シゲアキ作品も名を連ねた。
普段はあまり好きな作家以外の作品を読まない私には、視野の広がる新鮮な体験だった。

しかし、1作だけ読まなかった作品がある。
それが『自転しながら公転する』だった。

当時大学生だった私は、“30代女子が共感”と帯に書いていたその本に惹かれなかった。
今も24歳と当時と大して年齢は変わらないが、社会人を経験したことで結婚や出世、貯金など“大人の悩み”の鼻先が見えはじめていた。

丁度暇だったこともあり、この期に読んでみようと手を伸ばした。結論から言うと、この歳で出会い、読めて良かった。大人の悩みに直面し、共感したのはこの本がはじめてだった。

■『自転しながら公転する』あらすじ

東京で働いていた32歳の都は、親の看病のために実家に戻り、近所のモールで働き始めるが…。恋愛、家族の世話、そのうえ仕事もがんばるなんて、そんなの無理!誰もが心揺さぶられる、7年ぶりの傑作小説

読者メーター

■一見すると普通の小説だった

まず、この本の素晴らしいところはなんと言ってもプロローグとエピローグだ。

主人公の都(みやこ)はひょんなことから回転寿司屋で働く貫一(かんいち)と付き合い始める。
しかし、プロローグで語られるのはベトナム人の恋人との結婚式の場面。冒頭から実らない恋愛を示されたまま、見守る恋愛ほど辛いものはない。

口は悪いが、読みはじめた瞬間から「…30代女子が周りの価値観に翻弄されて、本当に愛する人を見失ってしまう失恋物語か」と決めつけ、ウッとなった。わざわざ本を読んでまで、鬱々とした気持ちにはなりたくなかった。

そんな気持ちで暇なときにダラダラと読み、半分ほど読んだ所でもういいかなと思った。またも一冊、積み本の仲間入りをしようとしていた。

しかし、都と貫一が一体どのように決別してしまうのか、ふと気になった。何気なくまた本を開く。一体どうしてベトナム人に心変わりしてしまうのか…興味をそそられた。

■フラグは折られてからが本番

ここからはネタバレを含む感想になるので、もしまだ読んでいない人がいればぜひ読んでから見てみて欲しい。

やはり印象的だったのは、都と貫一が熱海に旅行するシーンだ。正直、物語の中盤で描かれる幸せほど怖いものはない

案の定、都と貫一の間には、大きな裂け目ができてしまった。

わかってたのに、心にぎりりと痛みが走る。こうなればもう、ベトナム人の登場を待つのみである。私は半端内容を理解したつもりで、ページをめくっていった。

あれ?

唐突にベトナム人に都がフラれてしまった。
…フラグが折られた。私には、物語がどこへ向かうのかもう見当もつかなかった。

■これぞ現代流、強い愛のかたち

都は自己肯定感が低い。だから周囲の目が気になるのだ。

現代は、周囲の目を気にすることが弱さであり、我を貫くべきという風潮を感じる。
しかし、実際に周囲の目を気にせず生きてられる人なんてどれくらいいるのだろう。

私自身、社会に出て3年だが学生時代には考えられないようなことをいろいろと経験した。一人暮らしに恋人との同棲、転職に無職。snsをひらけば有名人や同級生の受賞報告に結婚報告が並ぶ。焦り、僻み、鬱に虚無。自分の汚い感情をこれでもかと味わった。

だから周りの幸せをみても「どうでもいい」「興味ない」という風に振る舞った。そうしないと周囲の“可哀想”という決めつけを認めてしまうことになるような気がするからだ。

いつしか私も、都のように“自分の正解”じゃなくて、“世間の正解”のようなものを追ってしまうんじゃないかと怖くなった。

しかし、最後に都が選んだのは“自分の正解”。貫一のもとへ向かうのだった。

都は貫一の前で考える。

明日死んでも、100年生きても、触れたいのは彼だけだった

…プロローグは都と貫一のがベトナム人と結婚する場面を描いたもの。盛大なミスリードだったのだ。

私は自分の恋人の頭をふわふわと触る。急にすべてが愛おしくてたまらなくなってくる。

■まとめ

私がこの小説を最後まで読まなかったら、バッドエンドの物語だと決めつけ、部屋で埃をかぶっていたかもしれない。

冒頭にも書いたが、この小説はプロローグが秀逸だ。あたかも都がベトナム人と結ばれるかのようなミスリードを起こし、ラストで読者に衝撃を与える。

しかし驚くのは小説の最後に記載されていたある文言だった。

“プロローグ、エピローグは書き下ろしです。単行本化にあたり、大幅に改稿いたしました。”

えっ…

この秀逸なアイデアが、ないまま掲載されていた時期があったの…?!
一体どのようにして生まれたのか、大変気になる。

…ともかく、都と貫一が結ばれて本当に良かった。
やっぱり物語はハッピーエンドが一番だ。

『流浪の月』をはじめて読んだとき、多様な愛のかたちを学んだ。
『自転しながら公転する』を読んで、愛は自分で愛だと決めるものだと思った。

物語は自分の価値観を広げる。ここで学んだことを何かに活かそうだとか、別にそんなことは考えていない。

ただ蓄積されて、私を形づくっていくのだと思う。『自転しながら公転する』も、私の体の1ピースとして今後も生き続けるだろう。

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