大槻さんちのあいさつ

「やる気でんぬ」

大槻さんは人の顔を見るなり、ちょっとうっへりした様子でそう言った。

「でんぬ」

同じようにうっへりとしながらそう返す。これは挨拶のことばなのだ。もう10年以上も昔から、彼はやる気が出ないときは決まってこの挨拶を使った。返し方もきちんと定められていて、自分もやる気が出ないときには先ほどのように「でんぬ」とうっへりしながら答える。うっへりどころかぐったりな時には「ぬー」とだけ答える。もちろんやる気が出ない時ばかりではないことも織込み済みで、やる気がある時に使う返答も用意されている。それが「やる気ー でろー」で、チャットなんかでは「がおー」の顔文字と波ダッシュをセットにして、手からやる気のエネルギーを送り込むものと決まっていた。

もっとも、この挨拶を聞くときは週末の昼下がりが多く、こちらもやる気が出ることは少ない。

ある日のこと。

「ぬ」

「ぬー」

ああ、今日はこのまま布団から出ずに一日が終わりそうだ。きっとそうなるだろう。やる気でんぬ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?