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義務論

義務論は、イマヌエル・カントによって示された規範理論であり、彼は人々の行動が道徳的であるか否かはその結果ではなく、その行動を起こす動機でもって決まるということを説いている。例えば、企業は社会的責任活動の一環として、コミュニティに対して寄付を行ったりしている。こうした活動を企業が自社のレピュテーションを向上させるために行っているのであれば、カントはそれを強く非難するであろう。レピュテーションを得られるという結果に正しさを見出すことはできず、むしろなぜコミュニティに企業が寄付を行おうとするのか、その動機や意図が大切である、と説くのである。

上記のように、カントはある条件がもたらされるのなら、それは望ましい、という論理を否定する。例えば、上記の例は、企業のレピュテーションを向上させるのであれば、寄付をすべきである、という論理に置き換えることができ、このようなものをカントは否定するのである。カントは、この「もし~なら、~するべし」という命法を仮言命法として提示している。そして、カントは仮言命法ではなく、無条件な命令として与えられる定言命法を支持するのである。

カントの定言命法は二つの法則によって定式化されている。一つ目は、「汝の意志の格律が、つねに同時に普遍的法則となるように行為せよ」、というものである (Kant 1785/2009)。ここでの格律とは、主観的・個人的な行動の指針を意味し (梅津, 2002)、カントは、万人に当てはめても矛盾が生じないような原則のみに従うことが正しいと考えている。例えば、年齢に応じて給与は高くなるべきだ、という命題について考えてみよう。この命題は、給与水準は年齢ではなく、その人が何を達成したのかによって決められるべきだ、と考える人にとっては受け入れがたいものとなるであろう。よって、年齢に応じて給与は高くなるべきだ、という命題は、普遍的法則とはなりえない、と言える。

二つ目の法則は、「汝自身の人格ならびに他のすべての人の人格に例外なく存するところの人間性を、常にいかなる場合にも目的として使用し、決して単なる手段としてのみ使用してはならない」、というものである (Kant 1785/2009)。例えば、ある証券会社の営業マンが、手数料を得たいがために新しく募集が開始された投資信託を既存の顧客に販売し、その投資信託が値上がりした、という状況を考えてみよう。この場合、既存の顧客は投資信託の値上がりによる利益を享受でき、帰結主義の立場からは支持される状況と言える。一方、カントであれば、この行為を正しい行為とみなさないであろう。なぜなら、この営業マンは自分の手数料獲得のために既存の顧客に投資信託を販売しており、顧客を自らの手数料獲得のための手段として用いているからである。

以上をまとめると、カントの義務論はあらゆる人にとって当てはまる法則であり、かつ何かの手段としてではなく、その行為自体が目的となっていることを求めていると言える。この二つの法則はカントの求める倫理水準を非常に厳格なものとしていると言える。例えば、あらゆる人にとって当てはまる法則とはどの程度現実的なものなのだろうか。投資信託を販売する営業マンの例でみたように、結果的に誰も不幸な目に遭遇していないのであれば、動機が不純であってもよいのではないのだろうか。よって、このような厳格な基準が現実的に必要なのか、という批判が義務論に対してなされている。

また、人間は複雑な理由や動機から行動する動物であり、そのようなものを正しさの根拠にすることは極めて困難なのではないか、という批判もある。例えば、企業は社会のため、という動機のために社会貢献活動をするだけでなく、それと同時に自社にとっても有益だ、という動機でもって社会貢献活動をするだろう。この場合、企業の社会貢献活動は単純に非難されるべきものなのかは検討の余地があると言えるかもしれない。最後に、カントの義務論においては結果を重視しない以上、悪人が幸福をつかむ機会が残されていると言える。正しい行いをしたとしても結果として報われないのであれば、それは社会的に見てよい規範と言えるのだろうか。

以上のように、カントの義務論は動機という点に着目している点で、帰結主義とは異なる価値判断をもたらすと言える。一方、この考え方を現代の生活において完全に適応することは非常に難しいかもしれない、ということが考えられる。

References

Kant, I. (1785/2009). Groundwork of the metaphysic of morals (H. J. Paton, Trans., Harper Perennial Modern Thought ed., Harper Perennial Modern Thought). New York: Harper Collins Publishers.
梅津光弘 (2002) 「ビジネスの倫理学」丸善出版.

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