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西日のワンピース

今日もいつもと同じようにアザーンの音で目が覚める。もう朝になったんだと感覚し時計を見ると時刻は午後5時。さっきのアザーンは3回目のアザーンだったようだ。久しぶりにぐっすり眠れてよかった。そういえば、昨日の夜中に洗濯をしたワンピースはどうなったんだろう。まだ寝ていたい気持ちよりも大好きなワンピースの安否を確認したい気持ちが大きく、鉛のように重い体を起こそうとする。重度の筋肉痛。幽体離脱をするかのようにしてどうにか起き上がり、愛する温泉に思いを馳せながらダラダラと物干し竿の方へと向かう。


昨日は、とても大きなイベントがあり夜中の一時に家に帰ってきたのだった。家に帰ってからすぐに貰ったお弁当を食べようと楽しみにしていたのに、リュックを開くとリュック自体が大きなお弁当箱となっていた。つまりは、お弁当の中身がリュック全体に散らばっていた。しかも、よりによってカレー。はあ。カレーが入っていたビニールをリュックから取り出すと、カレーの油がべっとりとついたお気に入りのワンピースが目に入る。はあ。私ってなんでいつもこうなんだろう。なんでとどめを刺すように次々と悲しいことが起こるのだろう。私は悲しいことがあった時に自分がどんな風になってしまうかを知っている。だからこそ、悲しい時にはとりあえず即席の希望を見つけることにしている。この時の即席の希望は日本から持ってきた洗剤だった。なので、山手線ゲームのリズムに合わせて日本の洗剤の素晴らしいところを考えることにした。

パンパン、汚れが落ちる
パンパン、いい匂い
パンパン、汚れが落ちる
パンパン、CMがキャッチー
パンパン、汚れが落ちる
パンパン、made in japan
パンパン、汚れが落ちる

よし、いけるぞ。今夜はいける。ウタマロ石鹸とオシャレ着洗剤を使ってじゃぶじゃぶワンピースを手洗いする。時刻はすでに深夜2時。ようやくワンピースを洗い終わり微かな力で水を絞り、祈るような気持ちで洗濯機へと送り出した。乾燥が終わるまでの約1時間、合格発表を待っているような気分でソワソワしながらとりあえず霜降り明星のオールナイトニッポンを聞くことににした。せいや、さっき赤ちゃんが生まれたんだって。パパになったんだって。すごいな、人生だ。人生。いいな、私も人生したいな。でも私には人生は難しいかもな。だって私は、、、いや、そもそも人生って何だろう。人生ってさ、

「ピー!!!ピー!!!」

あ、終わった。なんと賢く優しい洗濯機だろう。私の頭の中から私を連れ出してくれたんだね。ありがとう。さて、どうかな。しっかりカレーは落ちたのかな。自分の目で、それもコンタンクトをつけた視力1.5の目でワンピースの安否を確認したいけれど、直視するのが少し怖い。お茶の間で流れている稲川淳二の怪談話を聞きたいけれど聞きたくないような、そんな感じ。いつもだったら上手く妥協案を考えつくのだけれどこの日はいつもよりも怖さが大きかったから、直接ワンピースを見ないことにした。電気もつけずに真っ暗闇の中で洗濯機からワンピースを取り出し、手探りで物干し竿に干す。明日の朝のお楽しみ。稲川淳二の怪談話は夜に聞くから怖いのだ。朝に聞けばなんの問題もないだろう。じゃあ私はもう寝るからね、おやすみ。


と思って寝たのに、起きたら夕方になっていた。時間とは不思議なものだね。そして、ベッドから物干し竿へと向かう間にこの量の回想をしている自分に感心をする。ベッドから物干し竿までは30秒もかからないぐらいの距離なのにね。やはり、時間とは不思議なものだね。私の頭の中は大きくて広くて、ちゃんとした世界なんだ。私だけの世界、嬉しいな。そして運命の瞬間、ワンピースの行方はいかに。














なんと綺麗なワンピースなんだろう。西日に包まれたワンピース。昨晩、稲川淳二の怪談話と同じなどと思ってしまったことを酷く後悔した。ごめんね。あなたは、君は、稲川淳二の怪談話ではない。これは希望。いや、これが希望なのだろうか。毎日、故意に即席の希望を作り出している私が見る本当の希望はこれなのか。分からない。分からないけれどこの気持ちを、西日に包まれたワンピースを美しいと思う気持ちを、絶対に忘れたくないと思う。空には星があることを忘れたくないし、本棚には本が入っていることを忘れたくないし、いつでも大好きな人たちがそばに居てくれることを忘れたくない。食器を落としたら食器は割れてしまうことを忘れたくないし、花はいつか枯れてしまうことを忘れたくないし、私の怒りや悲しみががあの子を沈黙させたことを忘れたくない。私はもう何も忘れたくない。忘れてしまうことが怖い。西日のワンピース、私はどうしたらいいのかな。











めぐるめぐるめぐる星座のように
消えない夜空の光になれたら
くらいくらいくらい闇の中でも
何もなくさずここに居られるかな

花鳥風月/SEKAI NO OWARI


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