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「方丈記」を読む

鴨長明の「方丈記」を読む。最近出た漫画版(信吉画、文響社)では「日本最古の災害文学」と冠されている。こうしたキャッチコピーは少し警戒したほうがいいと思う。確かに鴨長明が生きた時代は災害の連続であった。安元の大火(1177)、治承の辻風(1180)、福原遷都(1180)、養和の飢饉(1181)、元暦の大地震(1185)など、これらは五大災疫(福原遷都は災害でも疫病でもないが)と呼ばれるが、鴨長明(執筆時には出家していたので、蓮胤という法名がただしいのだが)はかつてを回想して、ある時はリアルに、ある時はクールに記述している。長明の生きた時代は、じつは歴史的には大きな出来事が起こっているのだ。たとえば1185(元暦2)年には壇ノ浦にて平家が滅亡しているし、また同年に鎌倉幕府が樹立され、(少し古い歴史記述だが)1192年には源頼朝が征夷大将軍に任命される。
しかし、鴨長明はそうした政治的大事件にはまったく触れずに淡々と過去の災害を記述している。「災害文学」というジャンルが本当に存在するかどうかはわからないが、日本最初のルポルタージュであることは間違いないであろう。鴨長明はかつての出来事を(ある意味)淡々と記述しながら、それらの出来事に関する感想をほとんど述べない(だからノンフィクションではなく、ルポルタージュなのだ)。そして、それを書いている長明自身は、58歳になって、日野の方丈庵にいるのだ。これは何を意味するのか。
その答えは、「方丈記」の、あの有名な冒頭にあらかじめ書かれている。

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。

「方丈記」冒頭

鴨長明自身の記憶も、歴史という名の集団の記憶も、そんな時間の流れは所詮は川の流れと同じで、ひとつところには無いし、もどってくることもないのである。「世の中にある人とすみかと、またかくの如し」の記述も同様、人も住まい(←長明はこれをもっとも重視していた)もひとつところにあるものではない、滅びてはまたつくられ、そしてまた滅びるものなのだ。
無常感、といえばそうだろう。
だが、多くの「災疫」を経験した蓮胤=鴨長明のたくましさのようなものをここでは感じるのである。
たくましい、けれど方丈に住む暮らしはつましい。
この方丈庵とル・コルビジェの終の住処となった南仏の「カップマルタン」を比較することはたやすいかもしれない。

「今週の一冊」第332冊目「方丈記」
https://www.youtube.com/watch?v=YkwU06IMzTo

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