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TM NETWORK「STILL LOVE HER」:歌はロンドンの記憶を切り取り、メロディは人々の記憶に残る

TM NETWORKのアルバム『CAROL -A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991-』がリリースされたのが1988年12月。アルバムの最後を飾る「STILL LOVE HER ~失われた風景~」もまた、30周年を迎えました。

ベースから始まり、シンセサイザーが重なるイントロがとても温かい。小室さんが弾くピアノと、木根さんのアコースティック・ギター。ウツのボーカルを中心として重なり合う三人の歌声。メロディは優しく漂い、歌声はモノローグのようでもあり、語りかけるようでもあります。音と歌から滲み出る柔らかい雰囲気が心を和ませます。

TM NETWORKの曲において、「STILL LOVE HER」は「GET WILD」に続く知名度を誇ると思います。ともに「シティーハンター」のエンディング・テーマとして使われたためです。曲名を耳にして、あるいはイントロやサビのメロディを聴いて「あの曲か」と思う人は、他のTM NETWORKの曲より多いのではないでしょうか。

多くのファン、そしてこの曲だけは知っているという人々の中でも「STILL LOVE HER」に抱くイメージはほとんど同じだと思います。優しい、穏やか、柔らかい。ライブの度にアレンジが変わるのがTM NETWORKの特徴ですが、オリジナルのアレンジを踏襲し続けている曲もあり、そのうちの一曲が「STILL LOVE HER」です。リミックスされてもいません。オリジナルの世界を今に伝え続ける曲です。

そうした曲であるためか、2000~2001年の〈TM NETWORK Tour Major Turn-Round Supported by ROJAM.COM〉では、「穏やかな日常」の空気を作り出す役割を担い、その後に演奏される30分超の大作「MAJOR TURN-ROUND」との落差を印象づけました。観客の意識に刻まれた「STILL LOVE HER」のイメージを利用し、表層から深層に潜り込むような「MAJOR TURN-ROUND」の世界に導きました。

「STILL LOVE HER」は2015年のライブ〈TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30 HUGE DATA〉でも演奏されました。このライブでは『CAROL -A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991-』の曲を抜粋してリメイクした組曲「CAROL2014」を中心に据えた構成だったこともあり、「STILL LOVE HER」もうまくハマりました。12弦アコースティック・ギターを弾いて、ハーモニカを吹き、コーラスを重ねる木根さんの姿を観ることができます。

「STILL LOVE HER」に欠かせない音といえば、やはり木根さんが吹くハーモニカでしょう。間奏で響くハーモニカの音は、冬の冷たい空気の中でも心地好い温かさを届けてくれます。ライブでは、間奏に入るとウツが木根さんを示し、流れるように木根さんがハーモニカを披露します。木根さんを照らすスポットライト、会場を包み込む柔らかい音色。

歌詞には、アルバムを制作していたロンドンで目にしたであろう風景が登場します。もちろんただ風景を描写しているのではなく、その風景を眺める姿を通して「別れた恋人のことを思い出す」というテーマをもとに、ロンドンの風景を織り込みます。心ここにあらずの彼の横を「二階建てのバス」が通り過ぎたり、夜空に浮かぶ「12月の星座」から昔交わした会話を思い出したり。主人公の心とロンドンの街並みが交差する歌詞です。小室さんは「フィクションでもありノンフィクションでもあり」と語っています(『Keyboard magazine』1989年1月号)。

「GET WILD」をはじめとして変わり続けてきたTM NETWORKの一方で、「STILL LOVE HER」のように同じ姿を保ち続けてきたTM NETWORKが存在する。変わり続けることが宿命のようなグループですが、こうして変わらない要素に改めて触れると、変わらないことにもまた大きな価値があると思えました。30年前に吹き込まれた曲を聴きながら、「変わる」と「変わらない」のバランスについて考えています。


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