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『太平記 (上)』亀田俊和訳、光文社古典新訳文庫

 上巻まで読了。

 ダイジェストなのにダイジェスト感がなく、だんだん鎌倉幕府が衰え、後醍醐天皇が盛り返そうな雰囲気をかもしつつも、人材がたいしていないので早晩建武政権は瓦解するだろうという予感に満ちた書きっぷりなので、筋を追いやすい。セレクトされたのは長大な全40巻の『太平記』原文からの90話。まさか『太平記』をこんなかたちで読めるとは思ってなかったので、本当にありがたい限り。

 急に権力を握ったことで、内ゲバに明け暮れる鎌倉時代の武士に続く南北朝期の武士も、忠義などの言葉を知らぬとばかりに立場をコロコロ変えます。赤坂城で水を絶たれた平野入道がここで無駄死にするよりも、いったんは欺いて降伏するのですが、幕府側にあっさり斬首され、こんなことなら死に物狂いで闘死した方がよかったと情けなく悔やむとか知らなかった。この時代の、なんでもありの武士道では、こんなこともおこるんだな、と。

 第一部は北条高時の滅亡まで。二部の始まりの頁に今後の人物相関図と、あらすじが見開きで示されていて親切!

 にしても《稚児は 紅、下濃の鎧、僧兵は黒糸の鎧を全員着て、稚児は皆紅梅の造 花を一枚ずつ兜の正面に差し、楯から身を乗り出して政府軍の先頭を進軍していた》(p.247)と『太平記』の時代から、敵も味方も稚児が大好きなんだな、と日本文化の素晴らしさも感じますw尊氏の愛した美少年集団の花一揆はどんな感じで出てくるのかと楽しみw

武士らしい行動規範は、中国の故事にほとんど由来してるな、と。中途半端なナショナリストたちは、なんで、それを無視するんですかね。ま、良いけどw
 
 それにしても、この時代というか、人類史のこの100年以前は農耕、その前は狩猟でしか富を築けなかったわけです。狩猟では平等性、農耕社会では身分制に基づく倫理ばかりが蓄積されて、資本主義というか金融が世界を覆った後の倫理観みたいなのは、宗教も扱えなかったし思想も言及してこなかったから、色々考えなきゃだな、などとつまならないことも思いつつ(宗教でカネを扱っているのはまだ、新訳のルカ文書だけかな、とかも感じつつ)

 亀田訳ではプロ、シフト、ピンチなどの言葉が思い切って使われているのも斬新。

 もし可能なら変えて欲しいのは二回目の注の扱い。同じ事件や人物などは
【10-8】注25参照
となっていて、新設だとは思うけど、どうせなら
会稽山の戦い、詳しくは【10-8】注25参照
とかにしてもらえると、余計に感謝なんですが。

 最初は下巻の解説と後書きから読んだんですが、宝塚の『桜嵐記』を台湾の映画館で、日本文学を専門にされ、太平記の翻訳原稿も見てもらったという二人の先生方と中継をご覧になっていたことが書かれている。

 当時はまだ、宝塚には上田久美子先生がおられたんだな、とか色々考えさせられる…ただただ、ありがたいな、と。

《ところで現在、世間は室町ブームに沸いている。それを象徴する出来事として、たとえば二○二一年には宝塚歌劇団で楠木正行を主人公とする歌劇『桜嵐記』が上演さ れた。筆者は台湾の映画館で、この演劇の千秋楽公演中継を坂元先生と宝塚ファンの 中村先生たちとともに鑑賞した。
また同年からは『週刊少年ジャンプ』(集英社)で北条時行を主人公とした松井優 征氏作の漫画「逃げ上手の若君』の連載が開始され、二〇二四年のアニメ化も決定し たという。足利尊氏を描いた垣根涼介氏の『極楽征夷大将軍』(文藝春秋、二〇二三 年)が直木賞を受賞したことも記憶に新しい。 》(p.435)


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