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【映画観覧記】『竜二』(1983)/金子正次インタビュー付

『竜二』(1983)
監督: 川島透、脚本: 金子正次
出演: 金子正次、永島暎子、北公次、佐藤金造、岩尾正隆

僕の Faivarit映画。
この映画の前と後では、確実に日本映画の質は変わった。
時代の変換期80年代の映画だ。
ストーリーは単純明快で、娘のためにヤクザの足を洗った"竜二"の社会復帰が描かれていく。
主人公"竜二"に不出世の名優・金子正次、脚本も彼が書いている。
子分には、北公次、佐藤金造、奥さんに永島暎子、娘(3歳)は金子の実娘だ。
この単純な話を上質なものとしてるのは、俳優陣の機微、それに尽きる。
脚本自体その役者が演じるコトを想定し書かれているので、これ以上なくハマるのだ。
もう数え切れないくらいこの映画を観ているが、僕の中では自分自身を重ね合わせて、いつも指針としている。
社会で慎まやかな仕事に従事する"竜二"が、心を小さな揺れ幅で震わせ、自身を問う。
何をやっていたとしても"竜二"は"竜二"であり、後は己れの美意識だけが羅針盤だ。
果たしてこれは自身から逸脱していないかどうか、それを何度も反芻して進んでいく。
子分のためだとか、娘のためだとか、とやかく問うような回りくどいコトはしない。
彼にとって正しい道は、直感で選んだ道であり、切羽詰まったり衝動的だったとしても間違うコトなどなく、
嫌だと感じた気持ちや心地よさを正直に選ぶのである。

「この窓からは何も見えないなぁ」
同じように、窓から眺む景色に溜息をつくコトもある。
バーゲンセール、特売売り場に並ぶ身内を見て、嗚咽を漏らしたくなる。
貧乏くさい、と、貧乏は違う。
たとえ貧乏だとしても静謐さを感じいることもあるし、自ずから自尊心を明け渡すその臭みに安っぽさを見る。
家計簿というのもまたその一種で、とても貧乏くさくて息が詰まりそうになる。
自分がさもしく浅ましく貧相になった気になり、落ち込んでしまうのである。
そんなにまでして生きていかなきゃならない理由とはいったい何なのだろうか、と訝しるんだ。
あまりにも他者は無駄口が多い。
そうまでして喋らなければならない問題がどこにあるというのか?
So What? 
「それがどうした」と煙草を手に押し付ける"竜二"
彼の美意識に反する行為には容赦しない。
反面、助けてやれなかった者には優しいが、それも偽善であるコトを知っている。

「ナオを助けてやれるのかよ」と、
ひろし(北公次)に迫る形相は、彼自身の苛立ちと重なる。

もうずっと話せてしまうので良そう。

ショーケン『ララバイ』から生まれた物語には、あらゆる要素がたっぷりと詰まっている。
この一作で亡くなってしまった金子正次、
もっともっと彼の作品を観たかったが、それは叶わない。

金子正次インタビュー(1993)

色んなとこから取材を受けてね、やくざが映画を作ったみたいで面白がられているけど、いつまでもこればかりじゃバカだからね。そろそろ役者なんだゾと正体を現そうかと思って(笑)

-「竜二」は自伝じゃないと。でも金子さんだから出せた、書けた、現代やくざのリアル感はありますよね。

俺自身はチンピラとも言えないような存在だったけど、組員が一人減ればそのしのぎ(仕事)が他に回るので、カタギになるのは指をツメるどころか拍手で送り出されるとかね、喧嘩っ早いのは銭ばかりかかるから、細腕でも中大法学部出の方がいいとか、チャカ(拳銃)持たせりゃ同じなんだから。自分の女をトルコ(ソープランド)で働かせてる奴はヨゴレといって嫌われているとかね。そういうのは多少、見聞きしていたから。結局僕なんかは気が弱くて、やくざにはなりきれなかったんですよ。

  • この映画はむろんやくざ映画というだけじゃないけど、金子さんにとって"竜二"の存在とは?

ノンキャラクターって言うのかな、無個性の子供っているよね、小学校、中学校で。勉強がよくできる子とか、スポーツが上手いとか、漫才が上手くて人をよく笑わすとか、凄いワルだとかね、なにか際立ったものがあるんだけど、そうじゃなくてホント目立たない子っているよね。女にモテるワケでもない、同窓会があっても先生が覚えていないような子が。
割と俺がそれだったんだよ。喧嘩が強いわけでもない。それが高校入学と同時に俺の場合はハジケたのね。
10年後の同窓会ではまったく人間が変わってる。その10年間に何かハズミがついたんだね。何かの偶然が重なってさ、恐い恐いと思いながら繰り出した左フックが、やたら強い男の顔面にあたってさ、たまたま当り所が良くてダウンなんかさせたものだから喧嘩が強いという伝説になってね、自分の実力以上の位置につくってことあるでしょう。それが"竜二"だと思うんだよ。
『ガキ帝国』という映画が好きなんだけど、紳助竜介の役じゃなくて、あの回りのチョイ役の目立たない男たちが、東京へ出てきてヒョンなことで"竜二"になったんじゃないかって気がするのよ。俺は割とそういう男が好きなの、味方なのね。
若い坊やたちを見てて。紳助竜介の役は、昔はワルだったんだよって言いながら、ある年齢になったら町の鉄工所なんかでちゃんとやってたりする男じゃない。

  • その辺が自分にも重なると。

成功した竜二じゃなくて、どこかでハジケた竜二だね。

  • だいたい人間てどっかで変わるんですよね。特に若いうちは、社会に出ると世間体もあって素直にハジケられないけど、その気持ちはある。そこが客が「竜二」に思い入れするところなんだ。

そうだね。秋吉久美子が「竜二」を見て、IBMの社員でも泣ける映画だねって言ってくれたけど。
でなきゃ女子大生のような若い女の子は泣かないよ。

  • 「竜二」同様、まり子もやくざモンの女房からカタギの世界へ転向する映画だし。

まり子もやっちゃったからね、竜二に負けない位のことをラストで。

  • 金子さんが、芝居の方へハジケたきっかけは?

末は何になるのかなぁと、新宿でブラブラしてるころ知り合った人が、グアム島へ連れていってくれたの、遊びで。
帰ってきたのが3月頃で、僕だけ真っ黒に日焼けしてるんで、新宿の街頭で夏向きの清涼飲料水のコマーシャルのスタッフの人に引っぱり出された。これがキッカケ。そのディレクターの人に原宿学校を紹介されたわけですよ。
そこで劇作家の内田栄一さんと知り合って、何故かすぐに劇団を作ってしまった。

  • 内田さんは原宿学校で教えていたわけ?

いやいや内田さんが教えたりすると学校を壊しちゃうよ(笑)
入学した頃、卒業公演があって、それにチラっと出させてもらった。
舞台から飛び出してくる役で。それを内田さんが見にきてたのね。
で、あいつが一番面白いじゃないかと。それからですね、腹を割っての付き合いは。

  • 芝居がやりたいと前々から思っていたわけ?

いやそうじゃなかった。

  • とりあえず何かをやろうと?

やっぱりそう思ってたんだろうねぇ。けっこう若年寄だったからね(笑)
こんなんじゃやっていけねぇと思っていたから、商売やるんならやるでちゃんとやらなきゃと。
まだディスコのはしりの頃で、キャロルの矢沢(永吉)なんかと走り回ってたんだから。
そこいらとおる女の子の呼び込みで。
あの辺のバンドがみんな俺が仕切ってやってたからね。何年くらい前になるのか。
とにかくショーケンが、体くねらせて唄ってたんだから(笑)

  • で、結局芝居の方にのめりこんで。

内田さんが主役ばかりやらせてくれたんですよ。
回りの人には、誤解するな、こいつは主役しか出来ないんだからと納得させてね(笑) 
そしたら、ついつい調子にのって長く続けてた。

  • そのうち映画にも色気が出てきて。流れてしまったけど初めてシナリオ『チンピラ』は崔洋一監督での映画化の話もあったそうですね。

けっこう色々話があったんだけどね。次がポン(高橋伴明)と一緒にやろうって言ってる『獅子王たちの夏』で、
獅子座生まれの二人の男、山口組の鳴海清ともう一人の男の話。三作目が実現した「竜二」だね。

  • 映画実現のいきさつは?

最初の『チンピラ』をメジャーに持っていって蹴られたんだよ。
君にはスターバリューがないから別の人間で映画化したいと。
無名だというのは俺の責任だけど、原作だけ売る気はないからね。
じゃあ自分たちで作ってしまえと。
何も映画を作るのに、業界の人たちのハンコはいらないわけだしね。

  • なるほど映画作りにハンコはいらねぇと走り出したわけだ。自主映画、ニューウェーヴのパワーだな。

自分の器量で作んなさいと、あとは借金かかえるかどうかは知らないけど(笑)

  • それで有名になった話だけど、萩原健一の『ララバイ』を聴いてこの映画化を思い立ったわけだ。

コンサートの帰りに、新宿で昔のやくざモンと出っくわしてね、
この曲のライヴテープを聴かせたらやくざモンが泣いてるのね、
これだ!!と思って一気に脚本を書き上げた。
それとマーケットの開店安売りに列を作っている主婦たちを見て、
男としてふっと嫌だなと思ったことを一緒にした。
あのラストシーンがやりたくて。

  • 映画史に残る"肉屋の離れ"

それと現職のやくざモンにだけは、あれはウソだと言わせたくなかったね。
痛いとこ突きやがってと言わせたら、我々の勝ちだと思って撮っていたから。
昔、俺と年齢の違わぬやくざモンがいい女連れて、健さんの任侠映画を見にきてるんだよ。
金子よ、女なんてチョロいもんだと、ムズカシイ顔してスクリーン見てりゃ、女が健さんと俺の顔を見比べて、
それで一発でキマリよってね。このォと思ってね。
それでいて奴らは健さんの世界はウソだと言ってんだからね。
何が義理人情だと思って、この映画を撮っていたね。
だけどどうなのかな、「竜二」を見にきてくれた人は、俺が役者だと思って見てくれてんのかな?

  • いや、あの迫力だからモロやくざだと思い込んでる人も多いんじゃないですか(笑)

どうかなぁ(笑) 
でも俺自身、役者バカっていうのかな、そういうのは肌に合わないしね。

  • 金子さんはむろん「竜二」は脇の役者、永島瑛子さんとか、桜金造さんとかも良いってのが評判になってますね。

それは一番単純にうれしいね。芝居やってる時は無かったんだけど、
映画が面白いなって想うのは一緒にやった人たちが褒められる歓びを共有出来るっていうのかな、それが大きいね。

  • 特にプロデューサー的立場でもあるわけだから。

ホンヤとして言わせてもらえば「竜二」は甘いやくざ、佐藤金造は堕ちていくやくざの典型、
北公次はのし上がっていくやくざの典型だよ。その三人を書いた。
次をやるとしたら、金造の役を追求したいね。
やくざって、"ちょうちん"だと思うのよ。
ちょうちんハゲとか、このォちょうちん!!というね。
昼間は汚いシミだらけなんだけど、夜になって火が入ると、その時だけ綺麗に輝くじゃない。

  • 『盆踊り』という脚本が出来ているんでしょう?

これは全然やくざ映画じゃないね、やくざをやめてからの話だから。
島の風土と主人公と家族の話だから。内田さんに書き直してもらって。

(途中から同席した永島瑛子さんが)
これだけは金子さんの主役で見たい。「竜二」の撮影中び脚本読ませてもらったの。
高校生の女の子が言うのよね。ああこの海はイラつくなあって。そこが凄い。

瀬戸内海は台風が来たってベタナギで、何も起こらないわけよ。
それがいやで出ていって、またそこへ戻ってくる話。
これとさっき言った『ちょうちん』ね。この2本だけは絶対、どうしてもやりたいね。

  • 見たいですね。じゃあ今は映画に燃えてる?

映画の方がハデだからね。とりあえずやってみたいなと思ったことを自由奔放にやってるわけで。
ある日、フッと漁師になってみたいと思うかもしれないしね、どうやったらタイが釣れるか、なんて思ってね(笑) 
金銭欲もあまりないしね。もっともそれがあったら、こんな芝居の世界にはおそらく居なかったろうしね。

  • なんか花城竜二にどこかチラッと似てますね(笑)

やっぱり俺が書いたシナリオだから、よく似てるとこあるよね(笑)

たとえ漁師という思いがチラッと「竜二」の頭をかすめても、映画の中の竜二同様に、その翻意を期待せねばならぬ映画人の一人で、彼はある。

 -1983年公開時「竜二」パンフレット掲載インタビュー/塩田時敏

昭和58年11月6日未明 金子正次 33歳で急逝。
金子正次の「竜二」は永遠に不滅です。