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中村眞一郎『四季』

喪われた時を取り戻そうとする二人の男たち

太平洋戦争を示唆したと思われる「戦慄すべき時期」「精神の衝撃」のために、青年期の記憶をほとんど失ってしまった主人公の〈私〉。そして、定年間際の銀行マンで、流されゆく人生に疑問を抱いてしまった〈私〉の学生時代の友人〈K〉。
50代になったふたりが、30数年前に輝くようなひと夏を過ごした高原の避暑地を再び訪れ、青春時代の記憶を辿って歩く。短くとも濃密な旅を終えたふたりに宿った思いとは――。
『夏』『秋』『冬』と続く4部作の第1作目にして著者の代表作。

青春時代に時間を共有した二人の初老の男性が、思い出の地を訪れて過去を回想する。

しかし二人の記憶は少しずつ食い違い、重なることなく、それぞれの追想はそれぞれの記憶の中でのみ存在し続ける。

失われた時を探して歩く二人の歩幅のずれが、何とも不思議な不安定さを醸して、二人の現在の生すらもが、重ならないことに気づく。

生と死、記憶や思い出、一人ひとりが抱え直面せざるを得ない事態こそが、人生の実相なのだという諦念と、しかしそれ故に甘美な陶酔としていつまでも自分の中にあるという幸福。

よく考えると重いテーマなのかもしれないけれど、中村の軽やかな筆捌きに、高原の街に輝いた青春の煌めきも感じられて、あっという間に読み終えてしまった。

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