よいCRAって何かを考える

はじめに

よくCRA(臨床開発モニター)について、「どういうCRAが良いCRAなのか?」という記事は割と多くあります。そこに書かれていることは決して間違いではないですし、フムフムと頷くことも多いです。でも、それらに書かれてることは結構似通っていて、「コミュニケーション(英語含む)が大事」とか「高い倫理観が必要」とか「医師とディスカッションができるサイエンスの知識」とか、そんなものが多いです。そういうありきたりな記事を読んでいて、僕はもうちょっと違う切り口で何か書かないか?と考えるようになりました。で、この記事を書くに至りました。今回はCRAが最もコミュニケーションをとるであろう「実施医療機関の人」にとって良いCRAという視点ではなく、「治験依頼者」「製薬会社の開発担当者」や「上司」にとって良いCRAとはどんなもんなのか、という視点で考えてみたいと思います。
考え方は人それぞれですし、会社の組織やそれによって求められることも変わってくるかもしれません。ああ、こういう考えもあるんだね、という気軽な感じで読んでいただき、業務のやり方を考える一助になればうれしいです。


臨床開発担当者の目標は?

目標は、予定通り承認をとること

製薬会社は多少表現が違っていても「望まれる医薬品を早く患者さんに届けること」を目標に掲げています。違う言葉にすると「予定通り承認をとること」となります。まあこういうとあまりイメージが良くないので最初の表現を使うんでしょうが。なので、臨床試験に関わる人たちはそこを目指しています。そしてそれぞれの部署/役割がそれぞれできることをして目標を達成することに貢献していきます。
じゃあ、この目標から逆算していくと、CRAはどこに貢献できるのでしょうか。承認を取るまでのざっくりとしたマイルストンをみてみましょう。

⑪ 予定通り承認を取得
⑩ 実地調査•書面調査を大きな問題なくクリアする
⑨ 予定通り申請する
⑧ 予定通りCTDを作成する
⑦ 予定通りCSRを作成する
⑥ 試験でポジティブな結果を出す
⑤ 予定通りデータクリーニングしDBL
④ 予定通り症例を集積する
③ 予定通り施設を立ち上げる
② 予定通り施設選定する
① 予定通りプロトコルや手順書を固定する

この辺まで戻ればいいでしょうか。見てみると、だいたいどのマイルストンにも「予定通り」が入ってきます。目標が「予定通り承認をとる」なので当たり前ですね。じゃあ、CRAとして貢献できそうなのはどこなのか考えてみませんか?
会社によって誤差があったとしてもだいたい決まってきますが、そのCRAが貢献できることをきちんとこなせば「製薬会社の開発担当者」や「上司」にとって良いCRAになれるんじゃないでしょうか。

CRAの目標は?

CRAの目標は、治験を予定通り開始して終了させること

まあ、当たり前ですよね。では、さきほどのマイルストンを並べ替えてみます。そして、CRAが貢献できそうなところのみを残してみます。

① 予定通りプロトコルや手順書を固定する
② 予定通り施設選定する
③ 予定通り施設を立ち上げる
④ 予定通り症例を集積する
⑤ 予定通りデータクリーニングしDBL
⑥ 試験でポジティブな結果を出す
⑦ 予定通りCSRを作成する
⑧ 予定通りCTDを作成する
⑨ 予定通り申請する
⑩ 実地調査•書面調査を大きな問題なくクリアする
⑪ 予定通り承認を取得

この、残ったマイルストンをCRAがきちんと達成することが、会社の目標を達成することにつながります。そしてそれが「臨床開発担当者」にとっての「良いCRA」としての評価がされていくのだと思います。実際に、多くのCRAの方が、毎年目標設定をするときに、これらのマイルストンの達成を挙げているのではないでしょうか。例えば、「〇例登録する」とか「DBLの期限を守る」とか。では、各マイルストンを達成するのに、どのように進めていけばいいのでしょうか。

目標を達成するには?

ここでは、ふつうに会社で言われるようなことにはあまり触れていません。なので「おいおい、大事なこと書いてなくね?」とか思わないでください。表面的に会社で言われていること以外で、僕が大事じゃないかなと思うところを書いていきます。

予定通り施設選定する

予定通りに選定するということは、例えば「来月までに20施設選定しろ」みたいなことです。「来月までに=いつまでに」と「20施設=必要数」が目標になります。このマイルストンだけ切り取るとしたら、期限内に数だけ集めればいいんだろうとなるのですが、「適切な施設施設」を選定しなければなりません。僕がみてきたCRAで、その「適切な」をきちんと考えて選定できている人はあまりいません。正直、自分でもあまりできていなかったと思います。
なぜか?
それは、候補施設に怒られるのが嫌だったり、期限が短かったり色々原因はあります。そうすると結果的に「症例がいるといっていたのに組み入れがまったくない施設」や「トンデモ責任医師(やCRC)がいる施設」が選定されてしまい、そうした施設が増えることで症例進捗が進まない、予定通りに施設が立ち上がらない、ということにつながりかねません。それはこの後のマイルストンに大きな影響を与えてしまう可能性があります。そうならないように、治験責任医師候補に嫌な顔をされようが、CRCに嫌われようが、どれだけの組み入れが見込まれるかは深く確認する必要があります。そして怪しい場合は勇気をもって「落とす」判断をしなければいけませんし、それができるのはCRAだけです。「通す」より「落とす」を優先していきましょう。僕はそういうCRAが好きです。最悪足りなきゃ別の施設を探したり、他の施設で症例を稼いでもらうとかしたりすればよいのです。
KOLだからどうしても通してほしいというようなことがあります。その場合は、選定記録に「目標症例ゼロ、症例の組み入れは見込めないがKOL施設のため選定適とした」くらい書いてしまいましょう。僕はそれやりました。

怪しさ満点の場合はしっかり落とそう

予定通り施設を立ち上げる

施設が立ち上がらなければ治験は始められません。治験ごとに何パーセントの施設をいつまでに立ち上げるのかは設定されていると思います(下図)。もし設定されてないならスタディマネージャーがイマイチだと思います。
これを見ると同じ月に全施設を立ち上げる必要がないことはわかります。治験全体のプランと同じ配分でよいと思います(まとめてやったほうが楽な場合ももちろんあります)。自分に負荷をかけないようにうまくスケジューリングして施設を立ち上げる能力は必要だと思います。

実際はもっと細かく項目があるよ

あとは、同時にできることはどんどんやっていきましょう。以前、施設の立ち上げが一向に進まないCRAがいて、どうなってるのか聞いたところ何故か一歩ずつしか進んでいないことがありました。「IRBの申請→契約→トレーニング→治験薬搬入」みたいに。何に時間がかかるから、何から始めるか、同時にできることはなにか、は常に考えていたいですね。

予定通り症例を集積する

症例登録の促進は、CRAの楽しいお仕事の一つだと思ってます。選定が上手くできていれば普通に症例登録があって普通に目標クリアとなるんですが、ほとんどの施設で選定時とのギャップに苦しむことになります。そのギャップをどう認識して埋めていくか。僕はわりと楽しんでました。候補患者がどんな動線を辿っていて、どこで消えてしまってるのか?消えないためにはどうしたらいいか?医師と話をしながら候補を落とさず同意につなげる。結構楽しいと思います。そしてそうして得たことを他の施設やCRAにシェアして試験全体を底上げしていく。そういうことができるCRAはやっぱり評価が高くなります。CRAは個人事業主っぽくなりがちですが、チームには所属はしてるので周りへ好影響を与えてくれる人は良いCRAだと思います。自分の仕事に集中してそこの範囲内で成果を上げていく人もいますし否定はしませんが、やっぱりちょっと物足りなく感じます。CROだと社内の環境や文化、考え方は違うかもしれませんが。
あと、ほったらかしでも沢山症例登録のある施設もあるし、そういうラッキー施設に当って症例登録がすすめば試験に貢献した扱いになります。でもラッキーはそう何度も続かないし、上司もそのあたりはちゃんと見ているはずです。そういう意味では「ラッキーだから」と思われないようにするのも必要かもしれません。

上司は意外と見てるものです

予定通りデータクリーニングしDBL

これも大切です。EDC(ここは紙CRFは使わない前提で進めます)の電子署名を予定通りにもらうことがCRAの目標になります。
当たり前のことですが、DBL(データベースロック)の直前にバタバタしてはタイムラインを守れなくなる可能性があります。そうならないように、症例が参加中にもEDCのデータが適切に入力されているか確認する必要があります。DMからどんな理不尽なクエリが出ても対応するしかありません。とにかく期限は遵守です。私がCRAのときは出たクエリをモグラ叩きのように対応してもらっていましたがスマートではありません。他の施設でどんなクエリが出ているかアンテナは貼って、クエリが出ないようにデータを見ておきましょう。今はRBMの一環として全症例の全部の原資料を見ることが少なくなってきています。EDCの入力状況はCRAだけではなくセントラルモニタリングとしてDM等、施設担当CRA以外も確認することもあります。でも彼らは入力マニュアルの通りか、そもそも入力されているのか、という機械的な作業に近いので、やっぱりCRAがきちんと見た方がいいんです。
あと、クエリ関係で施設と揉めてしまうケースもあります。例えば5日以内にクエリクローズが求められているのに施設が対応してくれない、してくださいとか。正直最終的な期限さえ守ってくれさえすれば数日超えたところでいいんです。普段から多少遅れてもきちんと入力してもらえるように意識してもらいましょう。ただしCRAが入力のサポートをしなくても回るようにというのが必要です。サポートなしで入力できない施設は増えてほしくありません。

試験でポジティブな結果を出す

これはCRAの力ではないだろうと思われるかもしれません。当たり前ですがその薬剤のパワーやプロトコルの設定が重要です。
昔はCRAがプロトコルの基準を超えて「こういう患者を組み入れたら良い結果が出やすくなる」というようなインストラクションをしていたこともありましたが、今はやらないですよね。
評価項目を適切に医師が評価できていることも試験の結果を出すためには必要です。きちんと評価できているのか、評価の仕方がプロトコル通りなのかはCRAのできることです。もちろん評価を変えるように誘導するのは御法度です。ただ、普段使っている臨床評価項目でも、プロトコルによっては少し改変されていたりします。そのあたりはきちんと医師に理解してもらう必要があります。有害事象の評価(特に因果関係評価)はいまだにきちんとできない医師がいます。重要な有害事象については施設任せにせず担当医師と直接話せるようになっていてほしいです。ひどいケースだと因果関係評価にCRCが関与してきちんと評価がされていなかったりもしますのでそういうケースを防ぐ意味でも少なくとも最初のうちは医師と話すべきです。

NG施設によくあるCRCブロック

そもそもCRCがいないと医師と話せないような人はCRA失格くらいに僕は思ってます。あとなんでも私を介してください、もしくは必ず同席させろとか、なんなら直接医師に会わせてくれないようなCRCは疑ってかかるべきだと思います。
とにかく大事なことは医師と直接話すこと、これは試験の結果に良い影響(ネガティブな試験結果だとしても)を与えるはずです。これができるのは「よい」というより最低ラインかなあと思ったりします。

実地調査•書面調査を大きな問題なくクリアする

PMDAの適合性調査は、申請をしてから半年くらいで行われますので、治験が終わってからずいぶん経っています。当然、その頃には治験の当時を知る人が全くいないという状況があり得ます。僕が一番最近対応した調査もCRAは一人も社内に残っていませんでしたし、CROに委託した治験も当時のCRAを呼ぶこともありませんでした(お金かかるし、向こうにも残ってないかもしれないし)。じゃあCRAが貢献できることなんてないじゃないか、と思われるかもしれませんが、そうではありません。
この時に大事になるのは「記録」です。
モニタリング報告書や、施設に訪問した時に(本当は施設の仕事なのに)整備してもらった原資料、そして何か問題(重大な逸脱とか)があった時の記録、これをきちんと残しているか、これが調査の時に役立ちます。
GCP実地調査は治験を実施した施設から、症例数や逸脱の数などを元にPMDAによって数施設が選ばれます。まずPMDAの担当官が該当施設に訪問して実施状況を確認します。施設へのダメ出しがあればその時にもくらうかもしれません。その後に訪問時に見つけた所見のうち治験依頼者側に確認すべきことを治験依頼者の調査時に確認するという流れです。
「記録」はこの過程で必要になります。施設でどんな極悪な逸脱が起きていても良いんです(ホントはダメだけど)。極悪な逸脱(そんな定義はないんですが)が起きていても、治験依頼者側でそれを認知していて適切に処理をした上でデータ解析が行われ、それをもとにCSRやCTDが書かれていれば良いんです。
とにかく、記録を残しましょう。そして適切な対応をしましょう。
そうすれば、調査が当たった時に問題となることはありません。そして、「ああ、●●さんがCRAで助かった」と思ったりします。
不幸にも、調査に当たった施設でなにか問題が起きており、経緯が追えなかったり、なんなら担当官が見つかるまで気づかなかったらどうなるでしょうか?最悪、その症例、その施設の全症例のデータを削除しなければいけないこともありますし、実際にありました。以下の例は、データ削除しても耐えられる結果だったのでまだ良かったですが、削除した結果試験の結果がネガティブになってしまっていたら目も当てられません。とにかく大事なのは悪いことが起きた時は記録をしっかり残すこと、そして気づいた時点で適切に対応することです。決して難しいことではないのです。

ハーボニー配合錠 審査報告書 平成27年5月14日より。モニタリングの不備が色々と書かれています。

その他

CRAの仕事で、パッと目に見えて、客観的に数字でわかることはきちんとやりましょう。
具体的には、「勤怠入力」「経費精算」「モニタリング報告書作成」「トラッキング表の入力」などです。
これらは「できて当たり前」だし「頭を使わなくていい」しとにかく「やってないと即バレる」やつらなんですよ。
勤怠入力は月の最後にまとめてされるとどれくらい残業してるのかが把握できなくなるので管理者側からすると本当に困るんです。ノールック承認するようなマネージャーならいいんでしょうが、そういう人に限って人事から突っ込まれてCRAに文句言ったりしますし、やりましょう。
経費精算も部署の予算管理の観点からちゃんとしてほしいんです。やりましょう。
モニタリング報告書作成とトラッキング表入力もCRAとして最低限の仕事です。やってないとバレるし、そもそも作成や入力を常に監視されてるのにやらない理由がわかりません。そんなところで評価落としたくないですよね。やりましょう。

まとめ

最後まで読んでいただきありがとうございました。
いかがでしたか?最初に書いたとおり、会社や組織によってCRAに求められていることは違うと思います。CROだと「予定の期間内に症例集積して終わらせる」ことにフォーカスが当たりがちだと思います。調査で引っ掛かろうが、なんなら承認とれなくてもビジネスが成り立っていればいいと考えている人もいると思います。でも評判ってものは思いの外広まっていて、将来的にしっぺ返しを喰らう可能性もあります。できればいい評判で目立ちたいじゃないですか。僕の印象ですが、CRAは治験依頼者側からの評判よりも施設側の評判を気にしがちです。でも、当たり前ですが会社からの評判も気をつけないといけません。みんなでよいCRAになりましょう。

思ったことを淡々と書いてしまっているので、読みにくかったりしたかもしれませんが少しでもお役に立っていれば嬉しいです。

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