自殺しに行ったコルドで出会った男に救われたけど彼に沼った挙句になぜかレディボーイと3Pした話

聞いたこともない大学に通う10歳下の悠斗に恋をしたのは、私が8年同棲した彼氏に31歳で振られたショックで風呂にも入れず濡れた雑巾を何日も放置したような匂いをさせていた頃だった。出会った場所は天空の城ラピュタのモデルとされるゴルドという村で、結婚資金の口座を解約して向かった旅先だった。

石造りの家しか建ててはいけないゴルドはフランスで最も美しい村として認定されていて子供の頃からラピュタを繰り返し観ては「将来の夢はシータ」と言っては兄にバカにされケンカをした記憶を持つ私にとっては死ぬまでに唯一行きたい場所だった。秋のゴルドの澄んだ空気はボロ雑巾の頬を優しく撫でた。

別れたばかりのあいつにもこの場所を見せたかったという想いが顔を出し気が遠くなりそうな悲しみに襲われた。ゴメン、モウスキジャナイ。彼の言葉がぐわんぐわんとこだまする。石の絨毯を歩きながらこのまま死んでしまえたらどんなに楽だろうと思ったとき「日本人?」と声をかけられた。流暢な日本語。

振り返るとドレッドヘア、下品な言葉が並ぶピンクのパーカー、顔面ピアスというすぐに韻を踏めそうな若い男が立っていた。関わったことのない人種だ。彼は私の顔を見てにかっと笑った。「お姉さん泣いてんの?」。それが悠斗との出会いだ。彼は休学して親の金で世界中を飛び回っている放蕩な男だった。

フランス人の友達の実感がこの辺でしばらく滞在してるから遊びに来なよ。いいよ細かいこと気にしなくて、友達呼んだって言うから。は?友達に年齢とかないっしょ。俺が作るキッシュ最高だよ、食べたくない?てかお姉さん死にに来たっしょ。こんなとこでジサツとかされたら同じ日本人として恨むよ。

鳩尾を突かれたような感覚だった。彼の言う通りだったのだから。彼に誘われるまま大きな石造りの家で食卓を囲む穏やかな数日を過ごした。フランス語は分からなかったけど彼の友人と家族は優しく話しかけてくれてポトフを振る舞ってくれてハグをしてくれた。平穏だった。私は生きて日本に帰国した。

少し後に悠斗から日本に帰国すると報せを受けて羽田空港に彼を迎に行き、その足でホテルになだれ込んだ。悠斗は「彼女は作らない主義だから」と言ったが構わなかった。私の身体が息を吹き返したのはまるで映画のようなコルドでの出会いと、彼に抱かれる度に熱い幸福感と安堵が押し寄せたからだった。

悠斗への恋心を自覚し始めた私は思ったよりあっさりと同棲していた部屋から荷物を運び出すことができた。それらを悠斗の部屋の近くに借りた新しいマンションに詰め込む。彼が荷解きを手伝うと部屋に来たが「部屋着エロいね」と言って私をベッドに運び寝てしまった。絶対に「好き」とは言ってくれない。

その週ふらりとインドへ行った彼はそのまま2ヶ月帰ってこなかった。私が数日仕事を休んでインドへ行くには有給を申請する必要がある。やり場のない寂しさはあったが引っ越したばかりで金銭的にも足が重い。とはいえ10歳年上の恋人でもない女が「寂しいから帰ってきて」なんて言えるわけもなかった。

次に悠斗が帰国してからはほとんど毎日のようにお互いの家を行き来した。彼との時間にのめり込み仕事中にデスクでうたた寝をしてしまうことが増えた。ヒッピーのような外見で趣味は瞑想というギャップ、自由さと無責任さ、孤独を携えた瞳、アレの相性。全てに足を取られて沼へ引きずり込まれていた。

年末の予定を彼に聞くと「明後日からタイに行ってそのまま年越し」と言った。その翌々週の大晦日、私もタイに向かった。年末高いし部屋に泊めてと悠斗にLINEをすると「ゴーゴーバーの子もいるけどいい?」と返信がきて心臓が止まりかけた。でも所詮金で買った相手だし。レディボーイの可能性も高い。

彼が滞在するバンコクのペニンシュラに到着してすぐに狼狽した。彼と数日泊まっているというホムは有村架純に似た彼の一つ年下の20歳で、ホムを見つめる悠斗の目はガラス玉のように輝きを放ち、それは私に向けられるものとは全く違うものだった。私の存在を気に留めず2人はベッドの上でキスを始めた。

心臓が激しく脈打ち焦りを感じて「混ざっていいよね」と2人の間に割り込んだ。裸になり悠斗の服を脱がせている最中、彼はずっとホムの尻を揉んでいた。私が彼の局部を舐め始めても彼は一度も私を見ることはなくやがてホムの淫らな声が聞こえてきた。魂が凍る。私はまだ一度も彼から触れられていない。

顔を上げてホムを見ると彼女は完璧な優位の笑みを浮かべて私を見た。その造形の美しさに私は息を呑んだ。私に流れるどんどん血が冷たくなるのを感じベッドから降りて2人の行為を見ているといつの間にか年が明けていた。ハッピーニューイヤー。小さく呟いて身支度を整え、汗で蒸された部屋を後にした。

帰国してから知ったのは元彼の交際1ヶ月婚だった。私のスペックが高く実家が太ければ彼はだらだらと8年も同棲を続けずすぐに私に結婚を申し込んだのだろうし、悠斗は私が若くて美しければ彼女を作らない主義だなんて言わず私と付き合っただろうし目の前でゴーゴーバーで買った女と遊ぶこともなかった。

私が彼らにとって取るに足りない相手だからそれ相応の扱いをされるのだ。屈辱が全身に広がった。今すぐ長澤まさみになって彼らに同じことをして心を掻き乱したいがそんな魔法はどこにもないしそれでも私は彼らを恨み切ることができない。彼らがいなければとっくにこの世界をリタイアしていたのだから。

どんなに敗北の烙印を押されても彼らとの日々は馬鹿馬鹿しいほど幸福で間違いなく私に必要なものだった。窓ガラスに映った疲れた女と目が合うと悔しそうに顔を歪めた。春が来ても悠斗から連絡はなく、私に残ったものは会社から届いたレイオフの通知と悠斗の家の近くに借りた部屋の鍵だけだった。(完)

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