日常(ハード)と非日常(ソフト)の間に。

お詫び
まず、本内容は仮の文章であることをお伝えします。特に学びとかそういうものがあるものではなくほぼほぼメモ帳ですのであしからず。


教育活動をしていて、絶対に自分の場を作らないと決めている。
ずっと同じ場にい続けることがとても嫌な感覚がある。バランスが悪くなるというか、同じ人と長期間いることで客観的な視点が失われる感覚があるから。
実際問題その根本的な思想に至るのは、同じ思想の人同士が集まっても結局何も変わらないということに気付いたから。
親がある程度思想を持って生きている方々で、若者が集まる場所があるという話を聞いて一度見に行ったけれど、上記のなんか違うなという12歳頃の自分の感性が今もそのまま残っている。
親が無理やりその団体に行かせようという過激な方々ではないことには感謝をしている。けれど親との相性は自分の考え方と合わないためあまりよろしくない。

同じ思想の人と一緒に長くいると、情報に取り残されることがとてもよろしくないなと感じ、可能であれば他の情報の比重もなるべくなら全体的にフラットである方が、世の中の現時点での基準(スタンダード)が見えやすい気がしているから。
だから同じ場所にずっといるよりも色々な土地で関われる方が良いなと思って動いている。

ツイッターやfacebookでも自分とは異なる考え方でも本質を捉えている興味深い内容を書く方の内容は目に入れるようにしているし否定的な意見でレスバトルしたいとも思わない。運よく、ケンカせず豊かなツイッターやfacebookを使う事が出来ています。
自分の思う社会のズレ、をどうやって良い方向に向けられるかが自分の目的ではあります。自分が変なのも自覚しているし、割と全力で人生を注ぎ込んで社会教育に突き進めるのも、多分誰もやらないだろうなという部分から来ています。まあ、特に教育行政の教師がヒモ無しバンジーみたいな人生を選ぶことは限りなく少ない生涯設計というか在り方なので、ある程度教育界の中を覗いたうえで辞めて社会起業とかを始める人は出てこないだろうなぁと。
その悪い意味での突出具合から何を表現するかが勝負な訳で、こと時間を掛けてでもソーシャルキャピタルを高めようと動いてきた現在、社会活動に対して理解をして頂ける方々が少しずつ増え、自分のやりたいことをしながら少しお金を稼ぎ持続可能な教育に進む確率が数%程度上がってきたという状態になりつつあります。

自分の場を作らないという理由のところで、
土地の中で生きる事で生まれるもの、たまに来ることで生まれるもの、運よくそのどちらも事例を見たことがある。
地方である新潟県という場所での話になりますが、十日町市という中山間地域の中で私は四つの事例を知ることが出来ました。地区は違いますが文化圏的にはほぼ同じなので、とても良い比較が出来ました。

ハード面で地域を変えたと言えるところでは、
ギルドハウス十日町の西村治久さん、松代に住む建築家カールベンクさん、地域おこし協力隊でやってきた多田さんの池谷集落。
ハード面ではいずれも新しい人がやって来て、地域の生活や意識を変える事になり、その地域の生活に新しい当り前の価値観や文化を着々と作っています。

そして逆にソフト面では芸術家日比野克彦先生の莇平地区。
一年に数回やってくる日比野先生ですが、10年以上の関わりを持って地域に新しいお祭りを作り、非日常的なお祭りが当たり前になったというところです。普段の生活すべてを直接変えるわけではないですが、イベントや活動に向けた準備を淡々と行うところに、日常と非日常を繋ぐ活動が地域の人達の生活の中にしみこんでいます。

どちらが正しいとか正解はないですけれど、一人の人でも時間をかけ地域を豊かにしているという事実に衝撃を受けました。そのやり方は住むだけでなくても、相当時間もかかるし大変でしょうけど外側からのアプローチが可能であるという事を学び取る事が出来ました。

ここで、話を戻して教育を良くしたい、地域で人が育つ文化を作りたいという想いで活動を進めていくと、どうも住みながら一つの地域に注力すると社会全体への波及効果が極めて弱いぞと気付いたため、ハードを作っている人は世の中たくさんいるけれど、ソフト面で熱く全力で動く人はまだそんなに多くないなぁと感じたところもある。
何よりもハードを作る人が同時にハイクオリティなソフトを同時並行で作る難しさがあるため、そこをすべての地域に必要となる地域教育を一緒に行いませんかと入り込むことが私の狙いでもあります。
新潟県を中心に活動を展開していますが、日本中の子供達がより良い教育で自己実現できる社会になれば、自分の子供がもっと生きやすい社会になると信じて生きているので子供達の笑顔が増えればどこでも良いと思っています。けれど、基本は自分の体の負荷にギリギリ耐えられる新潟県という良く知る土地に絞っています。

県内外各地で、その地域の人と関わって地域教育を作ろうとするのは、そういった背景があります。
教育に、場所は関係ないし、教師一人が教育を仕事で続けても組織的な限界もあるし1000人弱の生徒の幸せを願ってもマクロで見たら社会は良くならない。
社会とのズレの認識のない教育界に大きな限界を感じたので、未来を作る若者に出来ることとして、社会起業家という世界に飛び込んだという訳です。

元教師が外に出て見て分かったことがたくさんあり、フィールドワークや様々な業種の方との対話、横断的な学びと人との繋がりによってソーシャルキャピタルという三つの資本を得られたことはとても大きな意義がありますがそれはまた別のお話にしたいと思います。


さて、この取り留めのないグダグダした内容にオチがない事だけをお詫びさせて頂きます。
これを最後まで見て頂いた人と一緒に、より良い教育を作れれば幸いです。


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