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或る夢の話

山田一郎は夢を見た。その夢は遠く昔のことのようだった。
一郎は2人の弟と公園で遊んでいる。齢は大体7歳くらいだろうか。ふと気づくと数歩先に両親がこちらをみて微笑みながら手を振っている。嬉しくなってぶんぶん腕を振り返した。空は雲ひとつなく澄んでいて、なんだかこの世の幸せををかき集めたみたいな光景だった。

「うっ、、ぐすっ、うぅ」
「、、おい、おい一郎、大丈夫か?」

波羅夷空却は睫毛の長い瞳を大きく開いて驚いている。
「おめぇは夢ン中でも苦しそうだな」
ひゃははとからかうように笑った。
「ほらよっ」
空却は自分のバンダナを一郎に手渡す。
「変だな、、すごく幸福な夢だったような気がするけど」
一郎はいまいち腑に落ちない顔をしている。
「おめぇはいつも強がってるから体が勝手に涙を流してストレス発散させてんじゃねぇか?」
そう言ってまたおかしそうに笑う
たしかにこいつの言う通りなのかもしれない。

その頃の一郎は疲弊しきっていた。
生きているんだか死んでいるんだかよく分からない状況で、ただ足を前に出しているだけだった。
両親や弟たちはいつの間にか一郎の元からいなくなってしまった。

「幸せな夢ほど、覚めると絶望するから嫌いなんだ」
空却は聞いているんだか分からない態度でガムをぷくぅと膨らませている。

「そんじゃこれからバッティングセンターに行こうぜ!!そしたら気分も晴れるだろうよ!」

そのまま歩き出す空却を視界にとらえながら一郎はぼんやりと考える。
こいつは光だ。俺がどん底にいる時、闇の中でもがくことも出来なかった時、こいつの存在が唯一の光だった。ただ隣にいてくれるだけで救われている。
そう、、救われていた。それがどんなに、、
「、、ぐすっ、、ぐす」

「一兄?、、大丈夫ですか?」
目を開けると印刷物の束に囲まれていた。萬屋ヤマダの仕事場だった。
三男である山田三郎が心配そうにこちらを伺っている。
ソファには次男である山田次郎がヘッドフォンをしながらマイクの手入れに勤しんでいる。どうやらこちらには気づいていない。
「いや、なんでもねぇ。懐かしい夢でもみてたみてぇだ。心配かけてすまなかったな」
「そう、、ですか。最近色々と立て込んでて疲れてますよね!できるところは僕がやりますので!」
そう言って半分ほど依頼の束を持っていった。
深堀りをしてこない。この気遣いが三郎らしい。

ふと目元に手をやると少しだけ濡れていて、そこではじめて泣いていたことに気づく。
おかしいな、、幸せな夢だった気がするんだが、、

そして一郎ははたと気がつく。
(そういえば前にも一度、こんなことがあった気がするが、、いやどうだろう、それも夢だったのかもしれない。。)

空却の夢を見ていたんだっけな。懐かしいな、もう何年も話していない。旧友のこと。
なんだか無性にあいつに会いたい。あいつに会って今日見た夢のことを話したい。
そしたらあいつはなんて言うだろうか、、
どんな顔をするだろうか。
そんなことが本当に叶うならそれはどんなにか、、!

一郎は、ハハっと小さく絶望した。

まぁそれこそ、夢のような話だろうな。

end

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