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星の世界の端っこにいる話-NPT三重円のこと

占星術は実にお得なツールである。
特に創作をやる人間にとっては。

何故なら、世界一つ作る為に必要な要素が一揃いになっているからだ。
舞台が地球でなければそのまま使うことは出来ないけれど、少なくとも、『何を規定すればいいか』がだいたい分かるようになる。

……というのは、Twitterでもそれ以外でもあちこちで喋っている。
でもこれ、創作に限った話ではない。占星術は、とにかく応用範囲がひっっっっろいのである。

多くの人にとって一番身近な星占いは、雑誌やTVの『十二星座占い』だろうと思う。これだけ見ていたら、人を四つの種類にカテゴリ分けする『血液型占い』と似たようなもので、それが血液型で四分割じゃなくて、誕生日の期間別で十二分割になってるのが星占いなんだろう……と考える人は結構いるんじゃないかと思う。そりゃもちろん、そういう使い方だってアリだと思うけれど。

……前にもこっちで書いたけど、もう一回言う。

もったいねえええ!!
それは占星術のほんの一部だ!!!

そもそも、常識的かつ理性的かつ科学的な考え方を持つ人は、「占いに何の根拠があるの? 統計だっていう人もいるけど、因果関係が証明できるほどじゃないでしょ? ただのヨタ話じゃん」と言うだろう。

そりゃそうだ。
占星術の世界には、科学の世界のような、きっちりした物差しと目盛りはない。
『この星がこの位置にあるときは●●事件が起こる』、と一対一の関係で断言できる訳ではないからだ。現実がどうなるかは、体験するまで分からない。

宝くじの箱で例えるとすれば。
科学の世界はこうすれば当たりが引けると証明する。望ましい結果を引き当てる手段を、再現可能な方法で、裏付けとなる理論と共に立証する世界。とても難しくて大変で、一つの箱を解析するのにとてつもなく時間がかかるし、その箱一つにかかりきりになっていたら、他の箱を見る余裕はないだろう。但し、解析しきったときの威力は絶大だ。何故なら、それは最終的に『いずれ、望めば誰もが手に取れる道具』になる。とてもすごいことだと思う。

占星術は、ちょっと違う。
その中から大当たりを引くのか、当たりを引くのか、はたまたハズレを引いてしまうのかは、引いてみるまで分からないとしか言えない。
ただ、その宝箱の中に、どういう種類のくじが、大体どれくらいの割合で入っているかを、読むことができる。しかも、(科学の世界に比べれば、だけど)一人で解析できる箱の種類が多い。『恋愛の箱しか読めない』とか『金運の箱しか読めない』って星読みは、いたとしても相当少ないんじゃないかな。得手不得手はあるだろうけど。

そうして宝くじの箱の中身を予測できたとして、『その人が当たりを掴めるか』は別問題だし、何より『何をもって当たりとするか』が、人によってだいぶ変わってくる。

だから私は、身の回りの人からちょっとこういうことで困っていてね、星読み的にはどうなのかちょっと見てくれない? って言われたら、ネイタル・プログレス・トランジットを重ねた図、NPT三重円を使う。

この地上に生まれ出た自分自身ネイタル。
そのネイタルをもって生きてきた、その時間による変化を示すプログレス。
更にそのネイタルとプログレスを取り巻く、世界の状況トランジット。

三枚合わせると、その人が今どういう状態で、何を見ているかという情報が揃う。
読みたいのが、『その人が何を携えてこの世に生まれてきたか』だけであればネイタルつまり出生図だけでもいいけれど、今生きているこの世界でこういうことがあってね、となると、ネイタルだけではとても分からない。

あくまで私の考えだけれど、星の配置を通して『自分と世界がどんな風に呼応しあっているか』を体験することが、命術としての占星術の第一歩だと思う。
三重円になると、この呼応がとても分かりやすくなる。ネイタルで読めるのは自分自身だけだけれど、プログレスが『生まれてから今までの変化』を、トランジットが『今の世界の状況』を形にしてくれるからだ。

今自分が生きているこの世界に、星の力がどんな風に現れているのか、そしてそれを自分がどんな風に体験したかが掴めるようになると、世界が星の力でちょっとだけつながって見えるようになる。自分に限らず、人も組織も物も、何もない場所にぽいっと放り出された時空の迷子ではないのだ……と信じることができる。正確には、これを信じられる人は、多分私と似た種類の星読みだ。

私はこの、独りではないという感覚を結構大事にしている。
それが他の人からは「……なにそれ?」と言われるような物事からもたらされる感覚だったとしても、その人が独りではないと感じられたのなら、それはその人にとっての事実だ。

一緒に生きてくれる何かがいる、伴侶でも家族でも友人でもネットの向こうの誰かでもペットでも推しキャラでもドールでも、その種類は問わないけれど、そういう存在を既に持っているのなら、星にまでその感覚を求める必要はないんじゃないかな、という気はする。その対象を大切にするのが一番いいんだろうし。

でも、それが叶わない人もいる。
この地上で自分は一人ぼっちだ、味方なんかどこにもいない、誰も何も助けてくれない、そんな気持ちで生きている人も、結構いるんだと思う。味方を探せばいいだろと言われても、もう人間自体に辟易している状態で。

そういうとき、星読みの知識はちょっとだけ役に立つ。
NPT三重円まで読み解ければ、『今の自分の立ち位置は、星の上だとこう表現されるのか』と感じることができる。
空に向かって、お前のせいかよって八つ当たりしてもいい。助けてよって駄々こねて叫んでみてもいい。星は文句は言わないから(実際に叫ぼうという向きは近所の迷惑にならぬようご留意を)。
そうやって八つ当たりしても、何も答えてくれないじゃないか……って思うかもしれないけど、実はNPT三重円が読めるようになると、八つ当たりの返答を読み取れたりするのだ。マジで。

私自身、暮らしていて嫌なことがあって、八つ当たり気味に自分のネイタルを中心にしたNPT三重円を表示した瞬間に『……すいませんでした』って天を仰いだことが一再ではない。
もしくは、過去のほんっっとうに辛い時期の三重円を表示したら、案の定としか言えない配置が出てきて、あれってそーいうことだったんだな、この残虐プレスによく耐えて生き残れたな私、いや生き残るべきだったかどうか多少疑問残るけど……みたいな、自分の過去のアレコレに説明を付けることも可能。

ものすごく身も蓋もないたとえでなんだか申し訳ない表現だけれど、出生図単独だったら「私はこういう風に生まれついちゃってるんだからしょーがないじゃないか」という折り合いの付け方しか出来なかったのが、三重円が読めるようになると「こういう風に生まれた私がこんな風に変わってこういう状況に出くわしちゃったんだからもう本当にしょーがないじゃん!」にグレードアップするのだ。

問題は、三重円のうち、プログレスの読み方を身につけるのが難易度高めということ。私はこの、プログレスの概念が独学ではどーにも身につけられず、ある先生の講座を受講してやっと基本部分を理解した。そういう訳でプログレスについては、今現在も初心者マークとれてない感満載の、くちばしの黄色いぴよぴよ状態だったりする。でも『自分の命に、今まで生きてきた時間を織り込んで、現在の状況と重ね合わせる』……という感覚は、当時崖っぷちでふらふらしていた私を、ちょっとだけ地面側に引き寄せてくれた。

それからずっと、私は星の世界の端っこで生きている。

頂いた投げ銭は、全て生きる足しにします。ありがとうございます。