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〈旅行記ー海外〉 世界遺産都市マラッカ

世界遺産都市マラッカって、字面だけ見たら世界魔都市マラッカみたいだね。
なんて不謹慎なことを思いつつ、マラッカに行って来た。
元々アジア圏に興味のない私。私が好きなのは歴史的建造物や教会、寺院などであり、そして歴史的遺産が展示された美術館や博物館だ。アジア圏であればアンコールワットなら面白いだろうが、大多数の国は残念なことに歴史が浅かったり先の大戦(応仁の乱ではない)で全て失ってしまったりで、私の興味を引くようなものが残っていない――というのが私の認識だった。
そんな私が何故マラッカに行くことになったのか。

「シンガポールにちょっと長めに行ってきてよ」
なんていう、上司からの連絡がドイツはコルンのホーム上で届いたからです。そう――これが前回の記事「〈旅行記ー海外〉 ソーセージとパン、2つ目」で私が記した「大変なこと」である。
ちなみにこの連絡をもらってから出立まで、1ヵ月弱であった。そして更に私はドイツ渡航中。準備期間は1ヵ月にも満たない。
家のこととか諸々、どーすんだ。
と思ったがしがない会社勤めの私は数ヶ月ほどシンガポールで丁稚奉公することになった。

が。
暇だ。

シンガポールはとても狭い。実は日本のどの都道府県よりも面積が狭い。
10時間程度あれば自転車で国土を一周できてしまうという。どんだけ小さいんだ。
必然的に見て回れる場所もそこまで多くない。
1ヵ月経つと、大して見るものも行く場所もなくなってしまった。
もともと買い物も好んでするほうではないし、数ヶ月の滞在で荷物を増やそうとも思わない。せっかく断捨離したしな。
週末、アパート(シンガポールではコンドミニアムと呼ぶ)のベッドの上でゴロゴロしていた私は、脳裏に同僚の言葉を思い浮かべた。

「私、この週末マラッカに行くんだ」
「へえ、観光? 交通手段は何で行くの?」
「友達に会いに。バスで行くよ」
「マラッカ良いよね、歴史都市だし世界遺産だし。私好きだよ」

――なるほど。マレーシアはマラッカ、世界遺産都市なのか。
そもそもマラッカという都市知らなかったけど。いかん不勉強がバレる。
しかし、なんとマラッカ、バスでシンガポールから向かえるらしい。

しかし悲しいかな、私が「そうだ、京都行こう」と同じノリで「そうだ、マラッカ行こう」と思い立ったのは、旅行しようと思った週の火曜日である。
しかも旅行予定日は週末の土日。
私は都合の悪いことを綺麗さっぱり忘れる高性能な頭脳の持ち主なので、別の同僚の「週末にバスで!? すごく混むでしょ!?」という突っ込みをスッカリ忘れていたのである。

陸路の旅-準備編

私はおもむろに携帯電話を取った。有名どころのホテルは軒並み売り切れだが、中心地から少し離れた場所のホテルは空いている。
ホテルを押さえてから、バス会社を検索した。バスはオンラインで手配可能だ。英語だけど。
わーい、空いてる。
しかも「良いらしい」と巷で噂のGrassland Expressだ。
写真見る限りだとめっちゃ外装が派手。
残り一席をかろうじて手配する。
帰路は別会社だが、値段も少し高めだし良いんじゃなかろうかという判断で、Luxury Coach Serviceにする。
バスの発着地は便によって異なるから、Googlemap先輩にお世話になりながら、マラッカの中心部に到着する便を探した。帰りは遅くなるといやだから、自分の住んでいるアパートからほど近い場所で降りる便にする。
ちなみにマラッカのバスターミナルはマラッカ中心地から少し離れた場所にあり、中心地に向かうためにはタクシーかGrabを使う必要があるので注意が必要だ。
さっそく全ての手配を終え、残すは現金の両替である。
何を隠そうこの私、シンガポールに来る時に日本円を持ってくるのをスッカリ忘れていた。私の手元にあるのはシンガポールドルだけだ。しかもしかも、海外で換金するなんて人生初だったりする。
ドキドキしながら口コミを調べ(Google先生さまさまである)、職場と家から便の良い両替商を見つけた。

マラッカって物価安いし、実質の滞在期間1日程度だし、そんなに両替はしなくて良いだろう。
そう見当をつけた私は、2000円~3000円を両替するつもりで、木曜日に両替商に向かった。
もちろんマラッカにもレートの良い両替商はあるのだが、週末は休みらしい。なんてこったい。
だが、シンガポールで両替しておけばまず困ることはない。
両替商に到着した私はレートを確認する。確かにレートは悪くない。
意気揚々と店員の女性に私は声を掛けた。

「リンギットに両替したいんですけど」
「100ドルが最低額だよ」

100ドル、約8000円也。

高っか!!!
そんな使わねえよ!!!

心の中で絶叫だが、もう時間はない。本日は木曜、しかも私が移動に使うのはバスであり、到着地に両替商はない。
背に腹は代えられぬ。
私は忸怩たる思いに下唇を噛みながら100ドルを差し出した。しめて304リンギット。予定の3倍だわ。オーマイガ。クリスチャンじゃないけど神に嘆きをぶちまけそう。

私は遠い目になりながら、帰路に着いた。ストレスは食で発散するものだ。
バスの中でやけ食いしてやろうとスナック菓子を買う。
そして金曜は粛々と仕事を終え、土曜日の早朝に家を出たのだ。

眠い目をこすりながらバスに乗るためにバスに揺られ、バス発着場である場所に到着する。そこは商業ビルで、まだ中に入っているテナントは(長距離バスの受付以外は)閉まっている。私はその商業ビルの中のトイレを借りることにした――が。
汚ェ。
シンガポールって綺麗な街なんですよ。ガムの持ち込み禁止だし公共交通機関の中での飲食は罰金4万円だ。だが、その商業ビルはびっくりするぐらい汚かった。といってもシンガポール以外の東南アジアと比べたら同じくらいか少し綺麗なくらいだ。
他の場所のシンガポールの綺麗さに慣れすぎていた私は苦笑しっぱなしだった。蠅が飛んでるよ……。

いざ、出陣――じゃなかった、出発

出発の30分前になったところで、Grassland社の受付に良き、予約確認メールに記載されたOperator Codeを見せ紙のチケットを受け取る。
指定された場所でバスを待ち、スタッフの気の良いおいちゃんに紙を見せれば、自分が指定した座席で出発を待つのみだ。30分前に到着したからか、私が乗客としては一番乗りだ。
ちなみにミネラルウォーター付き。親切だな。
Grassland社のバスは座席が1列と2列になっていて、私は1列の座席で悠々と過ごせる。体格が大きな人でも楽に過ごせるほど座席が広いし、USBの充電ソケットも付いている。最低でも4~5時間の旅になるから、携帯電話を充電できるのは素直にありがたい。
しかし、寒い。
事前情報で「バスの中は寒い」と聞いていたのだが、確かに手足が冷える。幸いにも事前に把握していた私はカーディガンとショールを持っていたので、事なきを得る。知らない人はつらいだろうな。
などと思っていたら、少しずつ人が増えて来る。
めっちゃ中国語で姦しく会話するおばちゃんたちの集団も乗って来た。だが、シンガポールの交通機関は基本的に騒がしいので、あまり気にならない。気にしていたら負けだと思う。いや別に戦いじゃないんだけど。

時刻ちょうど、バスは出発した。シンガポール国内はすいすいと進む。どうやらバスはシンガポール国内で何度か停まるようで、途中1組の家族を拾ってから、国境へと進んだ。
問題はここからだ。
国境のイミグレーションに入るまでが、やたらと長い。USBで充電もできていることですし、と思いながら、私はポケモンGoを開いた。
あかんわ周りにジムも何もないわ。
諦めてアプリを閉じる。
どうやらシンガポールにはマレーシアから出稼ぎに来ている人がかなりの数いるらしく、週末は非常に混むのだという。
陽気な運転手と手伝いのおじちゃんの会話を尻目に、私は心頭滅却する。
ようやくイミグレーションに入れても、そこからが長い。
出国審査を終え(シンガポール人やシンガポール居住者は電子ゲートを通過するので非常にスムーズだ)、バスが駐車場に入って来るのをひたすら待ち(バスが駐車場に入りきらないので待つしかない)、今度はマレーシアの入国審査だ。
正直マレーシアの入国審査の方が比較的スムーズだったように思う。
掘っ立て小屋が少ししっかりしたような場所で、シンガポールとは違い全員対人の審査を受ける。列を為してセキュリティチェックを受けるが、荷物を機械の中に放り込めば終わりだ。その機械の前で荷物チェックをしているのはたった1人のお姉さんで、ものすごく眠そうな――いや、暇そうな目で私たちを眺めている。
トイレに立ち寄りバスに戻り、全員が揃うと出発だ。
国境を越えただけで、周囲の景色は変わる。
シンガポール国内も自然がいっぱいだったが、マレーシアの方が一層「NATURE」感満載である。というか南国感。
順調に道路を進み、途中でトイレ休憩を挟みながら(案の定、「これぞ東南アジア!」みたいな臭いと汚れである)、客を次々と下ろしていく。私の下車場所は最後だ。終わりが近づくにつれ、運転手さんとお手伝いのおいちゃんの元気度はUPしていく。
鼻歌まで歌い始めたよ。あ、普通の歌になった。
無事に到着した私は腕時計を見た。
シンガポールを出発してから8時間。
ああ、腰が痛い。

ペットボトル1本は命の値段

当初の予定ではマラッカに到着したらすぐに観光する予定だった。だがすでに長距離の移動でクタクタである。よく考えたら私は日本でも長距離バスに乗ったことがない。今回の旅が記念すべき初の長距離バスだった。
――初の長距離バスが海外なんてなかなか勇気あるというか、無謀というか。
まあそんなことは言っても仕方がない。
Googlemap曰く、降車場所からホテルまで徒歩15分の距離だ。15分なら余裕で徒歩圏内である。
私は歩くことに決めた。てくてくと歩く。道路を渡り道を曲がり――おいおい。
道 が な い。
正確には道はある。そう、車道ならね。
ないのは歩道だ。
車道のすぐ横には深い溝があり、水が流れている。その横は住宅だ。
車は人には気にせず車道をぶっ飛ばす。そんなに舗装も綺麗ではなく、狭い道を、軽快にぶっ飛ばす。
あかん、これ死ぬわ。
私はホテルまでの道で悟った。
ホテルから観光場所まで徒歩でも行けるな~なんてことを考えていた数分前までの私を呆れたように一瞥し(心の中で)、私は決意した。
よ~~~~し、Grab(Uberのアジア版。アプリで車を呼び、クレジットカードでオンライン決済できる)使いまくるぞ~~~~。

だって、Grabで5分~10分の場所なら、日本円にして約200円とかそんなもんだもんね。
日本のペットボトル1本で自分の命を守れるなら、これこそ安いものである。今、課金せずしていつ課金する。
ちなみにこれ、マラッカのペットボトル10本分ね。

もはやトレードマークの自転車

マラッカの中心部には歴史的建造物もいくつか残されている。だが、その中でも一際目を引くのが、観光客を乗せて走り回る自転車だ。おっちゃんたちが自転車をこぎ、その後ろに2名が乗れる座席が付いている。
これが何より派手なのだ。マラッカの美しい歴史的情緒を見事に粉砕する、しかしいっそ潔いまでにマラッカ名物となっている自転車。ドラえもんやハロー・キティ、ディ○ニープリンセスなどのキャラクターが派手な装飾となって自転車を飾り付けている。そして、どの自転車も大音量でマレーシアの音楽を流す。
もはやハロー・キティとキャプテン・アメリカが併存している自転車が歌謡曲を爆音で流しているのを見た時は、頭の情報処理が追い付かなかった。情報量が多すぎて。色々と――こう、統一感もない。
だがその雑多な感じは見ていて楽しくなるから、良いのかもしれないと思う。法的なことは、うん、専門家に任せよう。
マラッカはやはり観光都市なので、地元民が行くお店は非常に安いが、観光客用の店は非常に高い。
初日の夕食は疲れ果てたあまり、適当なショッピングモールの中のレストランで済ませたから安く済んだ。デザート、ドリンクと一皿でだいたい500円程度。シンガポールならレストランに入れば1000円はするから、かなりお安い。
しかし、2日目の昼食で立ち寄った観光地ど真ん中のレストランでは1500円程度だった。マラッカの中ではかなりの高級品だ。イメージとしては、日本で昼間から5000円近い食事を摂ったことになる。わあ、リッチだなぁ(棒読み)。
暑い中を歩き回り、念願のイスラーム教寺院にも向かう。
イスラーム教寺院では観光客であっても髪を隠し長そでを着なければならない。私はカーディガンとショールを持っていたので、余分な金を払うこともなく、中に入れた。カーディガンはニットなので、めっちゃ暑いけどね。
親切なお姉さんに色々と説明してもらい、ほうほうと聞く。
イスラーム教寺院は造詣が見事なのだが、偶像崇拝を否定しているために、人々は何もない壁に向かって祈りを捧げることになる。観光客としてはやはり偶像崇拝の宗教の方が見ていて楽しいが、無いなら無いで、なんだか神秘的な気持ちになるから不思議だ。
イスラーム教は礼拝の前に身を清める必要があるらしく、そのための水場にも案内してもらえた。もちろん、外に出ている水場は男性用で、女性用は別途、建物の中にあるらしい。さすがに女性用のところまでは見せてもらえなかったが、なんとなく想像はできるので問題ない。
優しいお姉さんはニコニコ笑いながら、「特別な日はこの塔で礼拝をします」とメインとなる建物の脇に立っている塔を示した。

「でも、入れるのは男性だけです。この時は、女性は家で礼拝をすれば良いことになっています」

なんだかめっちゃ嬉しそうだ。なるほど、わざわざ礼拝のために寺院に行かなくて良いのが嬉しいらしい。
イスラーム教徒は男性優位の側面が強いと思っていたが、逆を考えると、女性にとって楽な面もあるのだと納得した。

お姉さんにお礼を言って玄関口でショールとカーディガンを脱いでいると、おじいさんが声を掛けてくる。ぶっちゃけ、何を言っているのか分からない。
お姉さんが「この人は観光客よ」と教えてくれている。
良く分からないけど歓迎してくれている気配がしたので、とりあえずおじいさんに「素敵なお寺ですね」とだけ告げる。すると、おじいさんの様子が変わった。ニコニコしながら私に向けて、何か言っている。

「どねしょん、どねしょん」

待てこれDonationか。寄付か。金寄越せってか。
お姉さんに渡す金はあるがお前に渡す金はねえ。
というかあなた、このイスラーム教寺院の関係者じゃないでしょ。

すまんね、マラッカでは金持ちかもしれないけど、私日本ではそんなにお金ないんですよ。旅行費用捻出するために「あんたこの前いつ美容院行ったの」とか言われる程度には削れる場所をかなり削っているんですよ。

私はにっこり笑って、その場を後にした。
どうせお金を落とすなら、信用のおけるちゃんとした場所に落としたいものです。

8000円の行方

一泊二日、実質1日だけの滞在で両替した8000円全てを使いきるのは難しい。
2日目の昼食は結構な大金を払ったものの、特にお土産を買う気もなかった私の手元にはまだまだ金がある。
使いきれる予感はしないまま、バスの出発時刻だけが近づいて来る。

「あ」

そんな時だ。私は靴に違和感を覚えた。
足元を見ると、サンダルの踵の部分が破れてゴムが伸び切っている。
原因は明らかだ。先ほどのイスラーム教寺院でおじいさんからさっさと離れようと、焦った時に無理やりゴムの部分を引っ張ってしまったに違いない。

「どうしようかな…」

私は考えた。
あとはシンガポールに戻るだけだから、ゴムが伸びたままでも問題なく歩ける。どのみち日本に帰国するときにサンダルも捨てるつもりだったから、惜しくはない。
しかし、まだシンガポール滞在期間は1ヵ月以上残っている。サンダルという選択肢がなくなるのは辛いし、シンガポールの靴はそんなに安くはない。
だからといって、マラッカのそこら辺で売っているサンダルを買ったところで(約500円でサンダルを購入できる)、足が痛くなりそうな代物ばかりだった。
まあ良いか、と開き直った私は、バスの出発場所に向かった。
スイスガーデンホテルと呼ばれる、なかなか高級そうなホテルの前だ。
出発時刻よりも早く到着してしまったため、ホテルに付属しているちょっとリッチな店を見て回る。
スターバックスで飲み物とスナック菓子を購入した後で、私はふとアパレルショップに惹かれた。
日本の良いホテルにも良く併設されている高級ショップの雰囲気だ。
たいていああいう場所はお値段が高くて、普段はウィンドウショッピングですらしない。
だが、ここはマラッカ。物価はかなり安い。全世界で共通の値段で販売しているUNIQLOの商品が高級店と並んでしまうようなお国だ。
私はおもむろに店内に入り、靴のスペースに入った。

出会いって、唐突だよね。うん。

そこには、可愛く造りもしっかりしたサンダルがあったのである。
私はおもむろに値段を見る。3500円。
日本やシンガポールなら倍はしそうだ。
よし。

私は即決した。

「すみません、これください。あ、支払いは現金で」

マラッカからシンガポールに戻った私の手元に残ったのは、新しいサンダルと、わずかに残されたリンギットだった。

何でこんなことに、と思うようなことが、意外な結果を連れて来ることって、よくあるよね。うん。

サポート有難うございます。頂いたサポートは旅費か留学費用(未定)に使わせていただきます。