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よろよろのおじいさん

ある日、道端でおじいさんをみつけた。おじいさんは歩けなくなって座りこんでいて、とても疲れた顔をしていた。抱えているビニール袋の中に牛乳がたくさん入っているのがみえて、きっとやさしい人なのだろう、なんだか無性にそう思った。それからわたしは「大丈夫ですか?」と声をかけて、家まで送ることにした。

だいぶ歳をとっていて、歩くのが大変そうだった。すこし歩いては「疲れた」と言って休んだ。
途中に公園があって、わたしたちはベンチにならんで座った。おじいさんは90歳で病気のおばあさんと二人で暮らしていて、そしてもうじき結婚記念日なんだと、そんな話をきいた。
ぬるい風が吹いて、公園の地面に映る木の影がゆれているのをみていた。その時ちょうど、鳥が飛んで来たりした。お爺さんはどこかに取り残されているみたいにまだ冬の格好をしていたのだけれども、もうだいぶ春に近づいてあたたかくなっていて、外で知らないおじいさんと話しをしているのは心地よかった。

すこし休んでから、おじいさんの家まで歩いた。おじいさんは身体を左右に揺らしながらよろよろと歩くのがやっとで、そんな姿をみながら、そういえばわたしもよろよろと生きてきたな、と思ったりした。それからわたしがよろよろとしている時に、声をかけてくれた人たちの顔が浮かんだりした。

家まで送り届けて、お別れをした。わたしはひとりで、いま来た道を引き返す。よろよろとしたわたしたちがなるべくまっすぐ歩けるように、この街には道というものがある。そんな事を思いながら、ひとりでゆっくり引き返す。鳥の鳴き声がきこえて、空を見あげたら雲が流れていった。
わたしはいつだってひとりで、けれどいつだって、ひとりでは生きて行かれない。会いたい人たちに会いたい。そしてなんだか、今日はとてもよい日だ。牛乳が飲みたい。

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