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【二次創作小説】見守るしあわせ

こちらは「太陽よりも眩しい星」の二次創作小説です。
2024年5月12日時点で単行本に未収録の、33〜34話のエピソードをもとにしています。
ネタバレも含みますのでご注意ください。


それは衝撃だった。

(わたしたちにはあんなに塩対応の神城先輩が、優しくわらってる…!)

夕焼けを背にしたふたりの影が長く伸びる。
まるで時が止まったみたいに、完璧にうつくしかった。

なんて、なんて神々しいの!?

その時、わたしは思った。
このふたり…推せる!!

***

春。
買ったばかりのヘアアイロンで髪を伸ばして、アイラインをひく。
初めてのメイクにどきどきしながら、制服に袖を通す。
そしてじっくりと鏡の中の自分をチェックする。

「よし!」
今日は北高の入学式だ。
いよいよJKデビューするのだ。

「さゆ、おはよー」
「アカリ!おっはよ」
親友が同じ北高に受かり、一緒に高校デビューしてくれるのはとても心強い。
今日も待ち合わせて一緒に登校していた。

北高のグラウンドは先輩たちの部活の朝練で賑やかだった。

「ねぇさゆ!やばい!あの人かっこいい!」

アカリは面食いだ。
中学でも3ヶ月ごとにイケメンを見つけては恋に落ちていた。
なお、アカリに言わせると世の中の男子の3割はイケメンになる。

「もーアカリってば相変わらずなんだから……」
笑いながら振り返ると、キラキラのオーラを纏った先輩が目に飛び込んできて言葉をなくした。

サッカーをしている長身のイケメン。
整った顔立ち。
色素の薄いサラサラの髪。
引き締まった体。
足が長くてめちゃくちゃスタイルがいい。

グラウンドにはたくさん人がいるのに、アカリが言っているのがその人のことだとひとめでわかった。

「えっ?うそ、ほんとにカッコいい!」
「でしょ!?でしょ!?」

アカリの言う「イケメン」を格好いいと思うのは初めてだったので、何だか感動してしまった。
世の中には真のイケメンも存在するのだ。

入学2日目。
その真のイケメンは神城先輩と言うらしい。
サッカー部の2年生でポジションはボランチだと、どこかから情報を集めてきたアカリが報告してくれた。

「まって、情報はやすぎない?」

わたしのツッコミをスルーして、アカリが高らかに宣言した。
「私、サッカー部のマネージャーになる!」

「あんたサッカー知らないじゃん」
「神城先輩に教えてもらうもん」
「わざわざ教えてくれないっしょ」
「彼女になったら教えてもらえるはず!」
「は??」
「というわけで、マネージャー付き合って♡」
「はーー???」

サッカーのことなんか何も知らないのに。
神城先輩はかっこいいし、もうとっくに彼女がいると思う。

という正論を口に出させてもくれず、アカリはわたしを連れてサッカー部のマネージャーに立候補したのだった。

サッカー部には1年の女子がひしめき合っていた。

「これみんなマネージャー希望?」
「ぜったい神城先輩狙いだよ。負けられない!」

闘志を燃やすアカリ。
他の女子たちも明らかにお互い牽制し合っている。

しかし数日経つと神城先輩に彼女がいることがわかり、マネージャー候補は一斉に減ってしまった。

「えっみんなどこ行ったの?」
「野球部のイケメンの先輩狙いに変わったみたい、フリーなんだって」
「はあ!?」
「私はタイプじゃないんだけどさー」
「いやいや、みんな本気で神城先輩と付き合う気だったの?前向きすぎない?」
「だってせっかくJKだし、先輩とマネージャーの距離感でイチャイチャしたいじゃん?」
「ごめん、まったくわからん…」


神城先輩は正直塩である。
ボールが飛んできた時に「危ないよ」とブロックしてくれた姿にはうっかりわたしも惚れそうになったが、隙あらば話しかける有象無象の女子たちには死んだ魚の目でほぼ無視を決め込む。

「神城先輩って女嫌いなんじゃない?」
これが私の出した結論だ。

「ううん、照れ屋さんなんだと思う。アカリを好きになったらきっと全力で愛してくれる」

底抜けにポジティブなアカリだが、とてもそうは思えない。

何しろ神城先輩は男子と話す時以外、表情筋が死んでいる。
顔が良くてもこれじゃあなぁ。
こんなにそっけない態度で、彼女は寂しくないんだろうか。

わたしたちが今もサッカー部に足を運んでいるのは、「ふたりはやめないで!」と渡辺先輩に泣きつかれたせいだ。

渡辺先輩は一見いかつくてぶっきらぼうなのに、細かいところによく気がついてわたしたちマネージャー候補生にも声をかけてくれる。
いつもニコニコしてて、神城先輩と正反対だ。

背が高くてサッカーも上手いし、あの変な髪型じゃなければモテると思うのにな。

サッカーボールの汚れを落としながら、
「アカリは渡辺先輩はどお?」と訊いてみる。

マネージャーの主な仕事はスコアつけやドリンク補充、ケガの手当て、ゼッケンの手配だそうだけど、見習いなので一番かんたんで地道な作業を割り当てられていた。

「えっありえん」
ボール磨きに飽きて雑巾を手の中で弄んでいたアカリがしかめ面で答える。
「やっぱ神城先輩っしょ」

「そうですよね!」
特に訊いてないのに急に話に入ってきてハキハキと答えるのは千里ちゃんだ。

「私も神城先輩がいちばんカッコイイと思います!」

「なんで敬語?」
「あっ、ついクセで」

千里ちゃんは常に元気いっぱいで、どれだけ塩対応されても神城先輩にくっついて歩く、鋼のメンタルの持ち主である。

このくらい逞しくないと神城先輩の塩対応に心を折らずにいるのは難しい。

千里ちゃんはくりくりお目々ですごく可愛いので、神城先輩以外の部員たちはデレデレである。
ただわたしは千里ちゃんの空気を読まないところが若干苦手だった。

「だって、こうきく…あ、神城先輩は、昔から」
「え?いま、こうきくんって言った?」

アカリが千里ちゃんの発言にするどく反応する。

「あ!ごめんなさい、クセで!
 私、昔からこうきくんのこと知ってて」

千里ちゃんはテヘッと笑った。

夜、LINEで話しながらアカリと協議する。
「あれはマウントだよね〜〜〜」
「やっぱそうだよね」
判定は黒。

「神城先輩は私のもの!って感じ」
「うんうん」
「彼女いるのに妄想やべーよ」
「いや、アカリにそこまで言わせるって逆にすごい」

神城先輩にタオルを渡そうと、肩で押し合いながらポジション取りしていた今日のふたりを思い出す。
逞しいメンバーが揃ったものだ。

すると、急にアカリが弱気な声を出す。

「彼女がいて千里がいて。マネの仕事意外とキツイし、もうやめよっかな」
「えっやめちゃうの?」
「ライバルがあんだけ可愛いとさー…しかも昔から知ってるんでしょ?正直、勝てる気がしない」
「いやアカリも彼女さん無視かい!」

明るくツッコんでみたものの、内心は動揺を隠せなかった。

恋愛中のアカリはいつでも無敵モードだったのに。
この子も心折れる時があるんだな、と思った。

「さゆもマネやめたらー?」
「えーでも渡辺先輩に悪くない?」
「別にいいっしょ、まだ体験中だし」
「うーん」

毎日明るく話しかけてくれる渡辺先輩の顔を思い出す。
今日も「可愛いマネージャー入ってくれて嬉しいわ〜!」とにこにこで言われた。
あの顔を曇らせるのは少々忍びない。

とは言え、わたしはもともとアカリのお付き合いだし、サッカーのルールも知らない。
アカリがやめたあと、千里ちゃんと仲良くなれる気もしない。

「じゃあ私もやめる」
「明日から他いく?」
「…いちお、渡辺先輩に話してからにしよっか」

アカリがわらう。
「義理がたいな〜さゆは!そういうとこ好きだよ」

***

その日、渡辺先輩はお休みだった。
風邪が流行っているみたいで、マネージャーも休みが多く、来ているのは私たち以外に2年生の先輩ひとりだけ。

とても辞めたいと切り出せる雰囲気ではなく、おとなしく今日1日は見習いを続けることにした。

先輩はスコアつけで手が離せなかったので、私とアカリのふたりでドリンク補充や、ケガした部員のテーピングに対応した。

勝手がわからないので、いちいち確認に時間がかかってものすごく疲れた。

特にドリンク補充。
かんたんでも多人数をさばくとなると大変な作業になることを知った。

ふだんはのんびり過ごしている部活の時間が今日はあっという間だった。

「お疲れさまー!ありがとね、助かったよぉ!」

初めて先輩女子マネが挨拶してくれて、「おお…!」と思った。
初めてチームの一員的な気持ちを感じてやや戸惑う。

(バタバタしてて、今日はボール磨きできなかったな)

明日退部を申し出るなら今日で終わり。
サッカーボールに触れる機会はこの先一生ないかもしれない。
そう思うと、何だかやっておきたい気持ちになった。

「さゆ、帰ろー」
「ごめん、今日使ったボール磨いときたい気分」
「え!?うそ、私観たい配信あるんだけど」
「いいよいいよ、先帰ってー」
「なんかごめんね」

申し訳なさそうに帰るアカリを見送ると、ひとりでもくもくとボールを磨く。

汚れを確認して、酷い汚れを見つけたらバケツにざばっと入れて濡らし、取り出して雑巾できれいにする。
そして並べて乾かす。
あまり汚れていないものはそのままポンと片付ける。

最後の1個まできれいにしたらすごくスッキリした。
この数日ですっかり馴染み深くなった感触。

(これはこれで貴重な体験だったのかも)

体育倉庫にボールを片付けて戻ってくると、夕焼けのグラウンドでひとり佇む神城先輩を見つけた。
先輩はもう着替え終えている。帰るところなのだろう。

目線の先にはテニスコート。
(女子テニス部かな?)

楽しそうに笑い合う中に、背の高い女子がいる。部活のあとで少し髪が乱れている。

「さえ!」
神城先輩がキラッキラに破顔して名前を呼ぶ。
それはとんでもない破壊力で、遠くにいる私にまでキラキラの欠片が刺さるかと思った。

「あれ、神城」
“さえ”さんが神城先輩に気づく。
あの長身の人だ。

神城先輩のキラキラ笑顔を浴びたとは思えないほどのポーカーフェイスに少しびっくりする。
何だか大人っぽい。

「今日は早かったんだね」
「渡辺休みだから自主錬も休み」
「そっか」

「髪、くしゃってなってるよ」
神城先輩は優しい手付きでさえさんの髪を直す。
神城先輩の目が、指が、愛おしい、って言ってる。
ひええ。直視してたら目が潰れそう。

先ほどの無表情が嘘みたいに、さえさんが一気に真っ赤になって、急に幼く見える。
わ。こんなに可愛くもなっちゃうんだ。

「え、あ、ありがと、ごめんね」

照れたように微笑むさえさんはすごくきれいだった。

口数少なく、お互いを労りあう視線。
夕焼けがふたりを照らす。

なんて、なんて神々しいの!?

わたしはふわふわと謎の感動に包まれていた。
生まれて初めて「推す」という気持ちを理解した。

このふたりをもっと間近で見ていたい。

そうして、神城先輩とさえ先輩は私の「推しカプ」になった。

***

サッカー部に残ることにした私にアカリは驚いていた。

「さゆ、まさか神城先輩にホレた?」
「ちがうよー」
「じゃあ渡辺先輩」
「ちがうってば」
「サッカー興味ないって言ってたのに」
「毎日見てたら気になってきて。アカリも残らん?」
「うーんごめん、中学の話をしたら吹部の子に誘われて、やっぱ吹きたくなってきて」
「うん、りょーかい」

アカリは中学の頃、吹奏楽部でフルートを吹いていた。
イケメンの先輩に釣られるよりも楽器に釣られるほうが絶対にいい。

こうして私はサッカー部のマネージャーをやることになった。
1年は千里ちゃんとふたりだ。

千里ちゃんはライバルのアカリがいなくなり、ここぞとばかりに神城先輩に話しかけている。
千里ちゃんの可愛さにデレデレしている周りの先輩たちと違って、神城先輩は心底うんざりしている様子だった。

千里ちゃんが何かと目立つのでわたしの存在はかなり薄れている。
ちょうどいい、私は空気になって推しを見守ろう。

神城先輩をこっそり観察していると、部活の合間にテニスコートをチラチラ見るし、不自然に移動したと思うと、速攻でさえ先輩に話しかけている。

遠目にも千里ちゃんの時とはまったく違う雰囲気だとわかる。

(きゃ〜らぶらぶー!♡)

しあわせそうなふたりの笑顔を見ることが今のわたしの栄養なのだった。

***

ある日、事件が起きた。

部活のあとにみんなでラーメン屋さんに寄った日のこと。
なんと、同じ店に女子テニス部が来ていたのだ。

さえ先輩に手を振る神城先輩。

(なるほど、把握済ですか。今日もらぶらぶですね!)

わたしは口元がゆるむのを我慢して、早々に座ってメニューを選ぶ。

「ラーメン大好きです!」
立ったまま大声で千里ちゃんが言う。

わたしも好きだけどさ、そんな大声で言わなくても。
周りの先輩たちはそんな千里ちゃんを見てデレデレしている。

(可愛いって得だね)

千里ちゃんが急に神城先輩に近づいてこう言った。

「神城先輩 何 頼むんですか?同じのにします!!」

え?
ちょっと、このお店にはさえ先輩がいるんですけど?

さえ先輩はこちらに背を向けている。
その背中が固まっているように見える。

今どんな気持ちなんだろう。
直接話したこともないのに自分までモヤモヤする。
出てきた塩バターラーメンを食べる。
好物なのだけど、普段よりおいしくない気がした。

「あーおいしかった!」
相変わらず千里ちゃんは大声で話す。

「こうきくんと同じのにしてよかった!!」
突然の名前呼びに、周りがフリーズする。

「あ☆」
千里ちゃんは「しまった」という雰囲気を作って見せるが、これはきっとこの間と同じ。

(この子)
(絶対に狙って言ってる)

「こうきくん?」
「なんで!?」
周りの先輩たちがざわめく。

「あっすいません!あの、私、小学校の時一緒だったんですよ、神城先輩とサッカースクールで」

さえ先輩。
わたしは叫びだしそうになるのを必死に堪えた。
無関係なわたしが何か言ったら余計にカオスだ。

「え、なに、こうきの幼なじみなの?好きだったとか?」

ざわつく皆の中で、先輩のひとりが空気を読まない質問を投げた。
千里ちゃんは、さらに空気を読まない発言をした。
「ぶっちゃけ好きでした!!」

はーーー???
こんなのさえ先輩だけじゃなく、神城先輩だって嫌でしょ!

耐えきれなくて立ち上がろうとした時、先にガタッと立ち上がった人がいた。
神城先輩だ。

「さえ!! ラーメン食べ終わったら、一緒に帰ろ」

千里ちゃんに負けない大声に店内の動きが止まってシーンと静まり返る。
厨房のおっちゃんすら手を止めてこちらを覗き込んでいる。

「終わった?」
沈黙の中、さえ先輩だけに向ける満開の笑顔。

ぽかんとしてから慌てて頷くさえ先輩の手を握ると、お金を置いて「じゃあお先!」と店を出ていく神城先輩。

呆然とするサッカー部の先輩たち。
うつむく千里ちゃん。
くくっと笑う渡辺先輩。

見た?千里ちゃん。
わたしの推しカプは今日もこんなに尊いんだよ。

fin.


「神城を後輩女子目線でイケメンに書く」のを目標にしましたが、いかがでしたでしょうか。

(作中のイラストは技術不足でまったくイケメンに見えない罠が😂)
(心よりお詫び申し上げます)

現在、本編は34話。
今回の主人公であるサッカー部のマネージャーは、顔も名前も出てきておりません。

今回、主人公になっていただくのにあたって、勝手に「さゆちゃん」と命名してます。
さゆちゃんの惚れっぽい親友はアカリちゃんです。

第2章(33話以降)では1年女子にモテモテの神城ですが、
「これだけ推し文化が発達してるのに、全員ガチ恋勢なの?」
「彼女にだけ優しい神城に萌える子もいるんじゃない?」
と思って今回のお話を思いつきました。

命名含めてすべて妄想ですのでご注意ください。

本編でも神朔英カプ推しが量産されますように🫶笑

2024年5月12日
神城の誕生日を記念して
ちー

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